ゼロリスク志向の問題

Facebook・清水 友邦さんがアルバム「心の声」に写真20件を追加しました。

極端に慎重で失うことを恐れてばかりいては存在の力はつきません。

自分の心の声に従っていないのなら本当に生きているとはいえません。

マインドは外からの刺激に反応して生きています。社会の枠組みから外れないように自分をごまかして生きています。頭の中の思い込みの自分は存在していません。常に移ろい続けて実体がないからです。
心の底では嫌だと思っていても偽りの自分に従っているとエネルギーを消耗します。

人生にはターニングポイントともいうべき大きな選択の機会が訪れます。

そのときには思いっきり失敗しても 言い訳をしない覚悟の全面的な行為が求められます。

神話の英雄は冒険をして宝を手に入れて故郷に帰還します。冒険の旅に出なければ宝を得ることはできません。何回も失敗をして、学習してつらい経験を重ねた中で本人がつかみ取ったものこそその人の本当の宝です。知識を増やしても頭が太るだけです。頭の中の私がいない時究極の答えが明らかになります。

この世がマーヤだと気がついた時人はワクワクする冒険の旅に出ます。

苦しみの根っこは思考を自分と思い込んでいることにあります。思考は過去を思い出し現在にいません。自我は湧き上がる感情に翻弄されています。そこから自由になるには、思考や感情に振り回されない訓練が必要です。「今ここ」に意識を向ける訓練をしていると、思考に集中していた意識が頭から身体の中心である腹に落ちてきます。

身体は微細に振動していて、様々な思考や気分が泡の様に浮かんでは跡を残さず消えていくのがわかります。

今この瞬間にあるがままに存在している本来の自分にくつろぎます。


Facebook・保坂 浩輝さん投稿記事  【歴史に残る大犯罪】

マスコミ・政治がやっていることは、愚かというよりも犯罪です。日本を破壊する行為・異常事態を止めなければ、日本沈没です。これに付き合ったり、従うのは自殺行為であり、共犯となってしまいます。

Facebook・矢作 直樹さん投稿記事

【私たちが新型コロナに不安・恐怖を煽られてきてしまった理由】  

(今までの繰り返しが多いので“大丈夫”な方は無視してください)

結論

1) 現在に至るまでPCR検査をスクリーニングに使っているために“感染”や“有症状者(患者)” が正しく捉えられていない

2) そもそもPCR検査=感染者という定義は不適当(偽陽性、偽陰性が多すぎる)*

*:PCRは施行される施設により、使用するキット、RNA処理の確実さ、陰陽判定の閾値がまちまち、なのでスクリーニングのようなスタンダードに拠り迅速に判断する仕儀には不向き

3) PCR検査を前提にして、この不確かな数字が独り歩きし、皆が「新型コロナとはどのようなものか」という実態を見誤る(最初の“言葉”を伝え間違えた伝言ゲーム)

4) 空気感染するウイルスへの対応は、「伝播を止めるのは困難」、「濃厚暴露を避ける」、「個人の抵抗力」が基本

5) したがって“感染者”ではなく“有症状者”に注目すべき、その中に新型コロナ患者もいる

6) ウイルスの基本的性質の一つである変異、人種差や個人の感受性の違い、社会習慣や行動特性を無視して単純に世界と比較することはできない。

7) “ゼロリスク”を求め、「科学的検証に拠る」を重視しすぎるあまり、日本人が本来持っていた“対象を捉え値踏みする肌感覚”を忘れている

8) 不安・恐怖に捉われると五感や理性がマヒして事態やその変化を捉えられなくなる。そして社会・組織・個々人の分断を生み、ひいては生活を壊して元も子もなくなる