【対談】 マインドフルネス なぜ医療現場で有用なのか エビデンスとその効果

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03258_01    より

伊藤 絵美氏(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長)

藤澤 大介氏(慶應義塾大学病院 精神・神経科専任講師)

 マインドフルネス(mindfulness)をご存じだろうか。メディアでその名を目にしたことはあっても,概念まで知る方は少ないのではないか。中には宗教思想や単なるビジネススキルと誤解する声も聞かれる。

 マインドフルネスは医療現場でも応用されており,その効果がエビデンスとして次々に示されてきている。今や精神医療の中では欠かせないものであり,心理職でなくとも医療職であればぜひ身につけてほしい概念,技法と言える。本紙では,認知行動療法(以下,CBT)にマインドフルネスを取り入れている伊藤絵美氏と,がん患者への集団療法に用いる藤澤大介氏に,エビデンスとその効果をお話しいただいた。

藤澤 マインドフルネス(MEMO❶)の医療分野における活用は,米マサチューセッツ大のJon Kabat-Zinnが1970年代に開発した慢性疼痛に対するマインドフルネスストレス低減法(MEMO❷:Mindfulness-based Stress Reduction;MBSR)に始まりました。1990年代にはMark Williamsらにより,反復性うつ病患者の再発予防に対するマインドフルネス認知療法(Mindfulness-based Cognitive Therapy;MBCT)が開発されました。

 マインドフルネスは仏教思想の理念と実践に端を発しますが,宗教的要素は排除され,文化を問わず広く用いられるよう改編されています。MBSRやMBCT以外の心理療法にも取り入れられ,現代型の心理療法では欠かせない概念になっています。精神的問題だけでなく,疼痛をはじめとする身体的問題にも有効であり,さらに,医療者自身のストレスケアやバーンアウト(燃え尽き)予防にも有用であると期待されています。

マインドフルネスのエビデンス

伊藤 私がマインドフルネスを知ったのは,『認知療法実践ガイド:基礎から応用まで――ジュディス・ベックの認知療法テキスト』(星和書店,2004年)を共訳した際,藤澤先生があとがきでマインドフルネスに言及していたことがきっかけでした。

 1粒のレーズンを触り,観察し,食べるという「レーズンエクササイズ」を私自身が実践したところ,たったそれだけの行動の中にもさまざまな体験が詰まっていることに気づかされました。日頃気づかない「今・ここ」のリアルタイムな体験に,深く,思いやりを持って触れられるようになるのが,マインドフルネスです。現在では,患者さんへの個別の心理療法の中で,症状や状況に応じたマインドフルネスの技法を選択して提供しています。

藤澤 私はがん患者さんへの心理ケアを行う中で,問題解決的な介入や旧来の認知行動療法に限界を感じ,マインドフルネスに関心を持ちました。留学先の米国では,心理療法としてはもちろんですが,対人援助全般においてマインドフルネスの考え方が広く浸透していたことに驚きを覚えました。

 現在は,乳がんや不安障害の患者さん,医療者(セルフケア)を対象とした臨床研究を行っています。具体的には,自身の心身の状態に気づく練習として,自分の呼吸や体の症状に注目して,集中すべき対象からそれた注意を意図的に取り戻す練習をします。集中力が育まれたら,次に注意の範囲を広げ観察力を育んでいきます。その結果として,目の前の体験の質が深まり,本来自分が価値を置く行動を選びやすくなったり,人との関係性により深い気遣いや思いやりが育つようになったりしていきます。

伊藤 マインドフルネスの効果には近年さまざまなエビデンスが出ていますね。メタアナリシスやレビュー論文も多数発表されています。

藤澤 がん,慢性疼痛,循環器疾患,呼吸器疾患,消化器疾患,糖尿病,肥満,HIV/AIDS,移植患者,皮膚疾患,てんかん,多発性硬化症,慢性疲労症候群などで,心身両面への効果が実証されています3, 4)。私たちのグループでも乳がん患者さんや不安障害の患者さんに対するMBCTの効果をRCTで実証しました。

 医療者に向けたプログラムも開発されており,心理的な状態を改善し,バーンアウトを予防する効果が示されています5)。私たちのパイロットスタディでもレジリエンス(困難に対する抵抗力)やコンパッション(思いやり・慈しみの心)の向上が観察されました6)。

伊藤 マインドフルネスにそうした効果があるのはなぜでしょうか。

藤澤 痛みや苦しみに対して,私たちはしばしば二次的な感情や考えを生じます。例えば,過去の出来事を思い返して「どうしてあの時あんなことをしてしまったのか」と後悔して落ち込んだり,まだ見ぬ将来に関して「これからどうなるのだろう?」と想像して不安になったりします。悩みを抱えているとき,私たちの心は「今」ではなく過去や未来に焦点が向けられ,二次的な苦痛を感じることが多いです。マインドフルネスは,そうした思考のあり方に気づき,そこから一歩距離を取ることで,負の思考に巻き込まれた状態を修正する手助けをします。

伊藤 効果は心理学的尺度にも表れますし,画像研究では脳機能の質的な変化が示されていると聞きます。

藤澤 脳機能画像などを用いた神経科学的な実証研究も発展が目覚ましいですね。最近,分担執筆させていただいた『Cancer Board Square』4巻1号でも解説されています6)。

マインドフルな状態は好ましい変化の土台

伊藤 マインドフルネスの技法を患者さんに実践してもらう中で気づいたのは,これまで行われてきた他のさまざまな心理療法による変容の過程でも,マインドフルな状態を経ているということです。すなわち自らの体験に気づきを向け,評価するのではなくありのままに受容し,慈しむ状態です。そうなると,医療者が積極的に介入しなくても患者さんが自ら変容していけるケースが多いです。

藤澤 逆に,そうした心のあり方が患者さんの中で十分に育っていないと,どのような心理療法でもなかなか改善が得られない気がしますよね。

伊藤 そう感じます。例えば,自分の体験,特にネガティブな感情に触れることを恐れる境界性パーソナリティ障害の患者さんは,CBTにおける自己観察やアセスメントが難しいことがよくあります。そうした場合は,最初からネガティブな感情と向き合うのではなく,レーズンといったニュートラルな刺激を使ったマインドフルネスの練習を行うことで,次第に感情にもアクセスできるようになります。ネガティブな自動思考が反すうされることで症状が悪化していくうつ病の患者さんであれば,川を流れる葉っぱに自動思考を乗せて自然に流していくという「葉っぱのエクササイズ」により,思考に巻き込まれる必要はなく,思考に責任を持つ必要もないということに気づいてもらうことができます。

藤澤 マインドフルネスは,心理療法のさまざまな介入を患者さんが受け取り,好ましい変化を起こしていくための土台と考えられるかもしれません。

伊藤 ある患者さんは,マインドフルネスを「闘わないコーピング」と表現していました。変容を求めずに,でも自分を大事にできるようになる。気をつけて使えば侵襲性が低く,汎用性が高い。既存の心理療法の中では見えていなかった側面が,マインドフルネスによって説明されたと感じています。

医療本来の人と人との温かいつながりに踏み込む力

藤澤 患者さんに対する医療者の接し方として,「傾聴」「受容」「共感」などが言われます。いずれもとても大切ですが,しかし実はそれは医療者にとって心理的負荷の高い作業でもあるのです。「共感疲労」という言葉があるように,一方的な傾聴や共感は医療者自身にも心の消耗を来し,患者さんの視点に立った思いやりを向ける心のゆとりを減らしたり,バーンアウトを生じさせたりします。医療者に必要なのは,自分をすり減らすリスクのある「共感」ではなく,患者さんだけでなく自分の感情や思考に対しても気づき,配慮を向ける「コンパッション」なのです。マインドフルネスはコンパッションを涵養すると言われています。

伊藤 マインドフルな心のあり方を身につけると,患者さんのネガティブな感情に振り回されにくくなります。

藤澤 人との相互作用で生じる感情や認知にこれまでと違う対処方法がもたらされ,ストレス下での難しい感情処理にも良い影響を与えます。

伊藤 マインドフルネスをセルフケアに用いることで,私は2つの変化がありました。1つは頭痛薬の服用が劇的に減ったことです。以前は痛みを感じるとすぐに薬を飲んでしまっていたのですが,痛みを「観察」することで,薬を飲まなくても時間がたてば消える頭痛もあることに気づきました。もう1つは,家事ストレスが減ったことです。お皿1つ洗うこともマインドフルネスのワークの対象になり,嫌ではなくなったんです。

藤澤 私は診療の疲れが減りました。以前は,患者さんを何とか変えようと躍起になり,知らないうちに過剰に力が入っていたのだと思います。

伊藤 うまくいかないケースほどのめりこんでしまいがちですよね。

藤澤 私の同僚の,がん医療に携わる医師は,患者さんへの病状説明面談の際に,患者さんと自分,そしてそれを観察するもう1人の自分が診察室の中にいるイメージをするとうまく進むと言っていました。マインドフルネスはそれに近い気がします。対話に向き合う自分の姿を俯瞰的に見る感じです。

伊藤 医療者の中にはマインドフルなあり方が自然と備わっている方もいるかもしれませんね。

藤澤 はい。安定感があり,思いやりに富んだ医療者の態度や振る舞いは,マインドフルネスという概念で説明できる部分があるかもしれません。

 医療が本来持つ,人と人との温かいつながりや触れ合いという,当たり前のものをあらためて学び直す手掛かりになるかもしれません。

まずは医療者自身に「体験」してほしい

伊藤 マインドフルネスを患者さんに実践してもらう際は,どのような定義で,何を意図して行うのか,なぜ有用なのかを医療者自身が説明できる必要があります。「とりあえずやってみて」だけでは,患者さんは混乱しますから。「レーズン? 何で?」って(笑)。

藤澤 マインドフルネスにはいろいろな技法がありますが,技法の意図を踏まえないと,怪しげな民間療法のように受け止められてしまう危険がありますね。

 また,「マインドフルネス」という言葉は,MEMO❶で示したように3つの意味で用いられますが,メディアではそれらの混用があります。マインドフルな心の状態(①)にたどりつき維持する方法の一つがさまざまな技法(③)の実践であり,技法をパッケージ化したものがプログラム(②)です。効果が実証されているのは定型化したプログラムであり,単発の技法が万能に効くわけではありません。

伊藤 マインドフルネスの意図がきちんと伝わっていないと,「心の鎮静化」や「感情の抑圧」という本来の目的と異なる活用をされ,自身の心の傷や欲求に触れる妨げになることもあります。

 誤解の一例として,著書『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』(医学書院,2017年)では,「痛みを消したい」と希望する患者さんを登場させました。マインドフルネスの効果は痛みを「消す」ことではなく,痛みは消せないという現実の中で,痛みに巻き込まれないように,痛みをありのままに観察し,必要な行動を取ることです。

藤澤 瞑想は技法の一つですが,現実から離れるリラクセーション手段と誤解されていることも多いです。その誤解から,「瞑想しても現実は変わらないので解決にならない」「日々多忙でのんびり瞑想する暇なんてない」という批判につながっている気がします。瞑想は副次的にリラクセーション効果をもたらすこともありますが,大切なのは自身の二次的な認知や感情に気づき,それに引きずられずに現実を客観的に見つめられるようになることです。それはより良い問題解決につながることもあるのです。

伊藤 出家して生活の全てを瞑想に注ぐ方々と異なり,私たちは生活の中で生かすことを目的にしています。瞑想のみに集中するというより,迷ったときに戻る心のポジションを確保するイメージで活用できるといいですね。ゆっくり歩く方法が基本とされる「歩行瞑想」も,忙しいなら急いで歩きながら行うのでもよい。本質を見失わなければ,それぞれに合った方法で取り組むと良いと思います。

藤澤 マインドフルネスには,短時間で実践できる技法もあり,生活の一部として生かすことができます。例えば,一人の患者さんを診察して,その病室を出て次の病室に行くまでの間に簡単な歩行瞑想をすることで平生の心を取り戻せれば,前の患者さんとの話に引きずられずに,次の患者さんの言葉に全身で耳を傾けることができます。

伊藤 日常的に取り組むことが重要ですよね。ただ,マインドフルネスには即効性がありません。身につけるにはそれなりの時間がかかります。何かワークを少し試せば幸せになるとか,急に苦しみがなくなるとか,過剰な期待を持つ方もいます。続けてもらうためにはどうすればよいでしょうか。

藤澤 プログラムとして提供する場合は初めに,一定期間練習を続けることが定説であることを説明し,受講者に心構えを持ってもらうことです。グループ療法には,参加者同士で支え合いながら進められるというメリットがあります。

伊藤 体験の共有はワークをより効果的にするポイントですね。ワークへの感じ方は人によって多様です。それを否定せず,良し悪しを判断するのではなくありのまま受け入れる。そこで生まれる肯定感が大切です。そうした場を作るためには,指導する医療者もマインドフルなあり方を身につけている必要があります。

藤澤 マインドフルネスを言葉だけで理解するのは難しいです。また,自身が実践できている程度にしか人に教えることはできないとも言われます。医療者向けワークショップなどに参加し「体験」から学んでみてはいかかでしょうか。

MEMO❶ マインドフルネス(mindfulness)

気づきという意味のmind,いきわたったという意味のfull,状態を示すnessという接尾語からなる言葉。統一された定義はないが「意図的に,今この瞬間に,価値判断をすることなく注意を向けること」とされることが多い1)。マインドフルネスという言葉は,①概念そのもの(心のあり方),②そうした心の状態にたどりつき維持するためのプログラム,③そのプログラムに含まれるさまざまな技法(ワーク,エクササイズ)という3つの意味で用いられる。

MEMO❷ マインドフルネスストレス低減法(MBSR)

1グループ30人ほどのグループ形式の介入法。毎週1回2時間半×8週のセッションと,6週目の週末に6時間のミーティング(リトリートと呼ばれる)を行う。毎日45分,週6日ホームワークが課される。基本となる内容は,「formalな瞑想」と呼ばれるさまざまな形態の瞑想(ボディー・スキャン,坐瞑想,歩行瞑想,慈愛の瞑想,ヨガなど)と,「informalな瞑想」と呼ばれる日常生活の中での瞑想的な行動習慣の実践。メンバー同士の体験の共有を通じて,心と体のつながりや,思考のあり方が苦悩の原因となり得ることを学び,それに対する新しいかかわり方を身につける。情動制御力の向上,認知的・行動的な柔軟性の向上,人生における価値観や優先事項の明確化などが可能となり,身体,精神の両方に効果が示されている2)。

(了)

●参考文献

1)Jon Kabat-Zinn著,春木豊訳.マインドフルネスストレス低減法;北大路書房,2007.

2)J Clin Psychol. 2015[PMID:25099479]

3)PLoS One. 2015[PMID:25881019]

4)Clin Psychol Rev. 2013[PMID:23796855]

5)Halifax J. G.R.A.C.E. for Nurses:Cultivating Compassion in Nurse/Patient Interactions. Journal of Nursing Education and Practice. 2014;4(1):121-8.

6)藤澤大介,他.特集 マインドフルネスを医療現場に生かす.Cancer Board Square.2018;4(1).(in press)

いとう・えみ氏

1990年慶大文学部人間関係学科心理学専攻卒,95年同大大学院社会学研究科博士課程修了。精神科クリニック勤務,民間企業におけるEAP(従業員支援プログラム)活動,大学での学生相談などを経て,2004年より現職。個人と家族を対象にCBTやスキーマ療法に基づく心理療法を提供している。『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた。』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)など著書多数。社会学博士,臨床心理士,精神保健福祉士。

ふじさわ・だいすけ氏

1998年慶大医学部卒。国立がん研究センター東病院,米Massachusetts General Hospitalなど経て,2014年より現職。『精神科レジデントマニュアル』編集協力,『がん患者心理療法ハンドブック』監訳(ともに医学書院)など。専門はサイコオンコロジー,認知行動療法。