人は言葉によって傷つき、言葉によって救われる

https://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/150104/lif15010414520013-n1.html

【人は言葉によって傷つき、言葉によって救われる 自閉症の作家・東田直樹さんの物語】 より

重度の自閉症を抱える東田直樹(22)は、マンション一室の窓からずっと外を眺めていた。質問を投げかけても聞こえないようなそぶり。促されて椅子に座っても、落ち着きなく立ち上がり、自分のスケジュールを幾度となく確認した。

そんな東田の様子が変わったのは、テーブルの上に置かれたアルファベットの文字盤が目に入ったとき。質問に対し、心の内面が一文字ずつ、ゆっくりと言葉として現れる。そしてその表現の豊かさに多くの人が驚かされるのだ。

「命の色」とは何でしょうか。「INOTINO(いのちの)…」。誰の介添えもなしに一つ一つ文字を選びながら、一音一音声に出してこう答えた。

「命の色は、オレンジではないでしょうか。それは、オレンジが夕焼けの色と同じ色だからです」

今は作家として活動する東田は13歳のとき、エッセー集『自閉症の僕が跳びはねる理由』を出版した。

そこでは小刻みにジャンプを繰り返す自閉症者特有の行動に理由があることを美しい文章でつづっている。

「跳びはねている時、気持ちは空に向かっています。空に向かって体が揺れ動くのは、そのまま鳥になって、どこか遠くへ飛んで行きたい気持ちになるからだと思います」

その本が今、確かな共感を広げている。

自閉症は先天性の脳機能障害が原因とされる発達障害の一つ。100人に0・9人程度の発症率といわれ、他者とうまくコミュニケーションがとれないなどの特徴がある。

東田は1歳を過ぎたころから、人と目を合わさないといった行動が増えていった。母の美紀(52)は将来に不安を感じながらも息子が文字や記号に関心を示すことに気づいた。4歳のとき手を添えながら字を書く「筆談」を試すと、返事さえできなかった息子の思いが紙の上に現れた。

「こわい、あんまりぼくのことをしらないくせに しっているみたいにいうから、いや」

「はい」「いいえ」も言えないけれど、この子は心に言葉を持っている-。美紀は驚き、筆談に希望を託した。練習を繰り返し、だいぶ上達したころ、砂遊びをし続けていた息子にその理由を尋ねると、答えには詩のような響きがあった。

「砂は不思議。とても軽く浮き上がる。なぞなぞみたいな力がある。なぞなぞは砂が煙のように消えること。そして音を出すこと」

 独特の感性を感じた美紀の勧めで創作が始まった。

 東田はどのように文章を作り上げていくかについても、独特な言い回しで表現する。

「言葉はいつでも、向こうから僕の方に飛び込んできてくれます。文章とは言葉の組み合わせ。パズルで足りないピースを探し当てたときのようにずれがなく美しい」

自分の殻に閉じこもっているかのような自閉症者の内面に豊かな世界が広がっている-。自閉症の自分の子供の心が分からずに苦悩する親たちは、東田の言葉を手がかりに、子供と気持ちを通い合わせる。

東田の『自閉症の僕が…』は2年前、英国人作家、デイビッド・ミッチェルの目にも留まった。ミッチェルも自閉症の息子がおり、東田の言葉を通じて、理解できなかった息子の気持ちを、まるで息子が語ってくれているかのように感じることができたという。

 ミッチェルの英訳をきっかけにドイツ語、スウェーデン語などさまざまな言語にさらに翻訳され、東田の言葉は世界に広がった。出版が決まった国はこれまでに28カ国に上る。

 作品に感銘するのは自閉症者の家族だけでない。自分らしく生きたいと願いながら、東田は人とのかかわりの中で誤解され、心ない言葉に傷ついた。「ありがとう」や「ごめんなさい」でさえ、心で思っていても奇声を発したりしてうまく言えず、本当の気持ちを分かってもらうまでの道のりは険しかった。だからこそ一人の人間として苦悩し、乗り越えようとする姿は多くの人の共感を呼ぶ。

 「人は、言葉によって傷つき、言葉によって救われます。言葉は人の世界に重要な役割を果たしています。みんながそれを理解すれば、もっと優しい社会に変わるのではないでしょうか」。東田の心のうちにしまわれていた言葉は世界へと広がり、人々の心に贈りもののように届けられている。 =敬称略 (高瀬真由子)

 ひがしだ・なおき 平成4年生まれ。千葉県君津市在住。5歳で自閉症と診断される。パソコンなどを使って創作を行い、エッセーや詩、童話など著書は18冊に上る。中でも『自閉症の僕が跳びはねる理由』は世界各国で出版され、話題に。自閉症や作家としての活動をテーマに、国内各地で講演会も行っている。

コズミックホリステック医療・教育企画