https://www.jsnds.org/ssk/ssk_28_1_001.pdf#search='%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E8%B1%AA%E9%9B%A8' 【季語を詠む俳句と日本列島の自然】 より
財団法人国際高等研究所 所長 尾 池 和 夫
自然災害は自然現象の変化などで人命や社会生活に被害を生じる現象である。直接的な
原因が自然現象であっても,災害には人が関与していることも多い。日本列島は中緯度に
あって,緯度経度ともに広い範囲に国土がある。自然環境は地域によってさまざまである
が,全体的に中緯度にあるために四季折々の変化が明瞭である。
そこに住む人たちは,自然災害を恐れることもよく知っているが,一方では四季折々の
変化を生活に利用し,あるいはその変化を積極的に楽しむことも知っている。その地域ご
との季節の変化の特徴が,その土地特有の産物を生み出し,暮らし方の知恵を生み出して
きた。
その日本列島に季語を詠む俳句が生まれた。季節に連結して用いられる語を季語,ある
ときには季題というが,古今和歌集から和歌,連歌としだいに明確化され,俳諧において
著しく発達して大量の季語が生まれてきた。季語は古くからの生活の知恵や習慣を伝える
役目もする一方で,時代とともに新しく生まれ,それがまた定着して洗練されていくとい
う経過をたどってきた。
例えば気象現象で「春一番」という季語がある。気象用語では,「立春から春分までの
間で,日本海で低気圧が発達し,初めて南よりの強風(東南東から西南西の風向で8 m/s
以上)がふいて,気温が上昇する現象」とされている。春一番は日本海の低気圧の温暖前
線と寒冷前線の間に入ったとき暖域に吹く。その後,天候が悪化することが多い。
呼ぶ声も吹き散る島の春一番 中村苑子
春一番島に神父のおくれ着く 中尾杏子
春一番という言葉は長崎県で生まれた。1859(安政6)年,壱岐の漁師53人が突風で遭難して以来,漁師の間で春の初めの強い南風を「春一」とか「春一番」というようになっ
たという。壱岐郷ノ浦の公園には「春一番の塔」が建っていて,毎年「春一番・風のフェ
スタ」が開催される。というわけでこの季語は芭蕉のころにはなかった。
私の専門は固体地球物理学,とくに地震学である。地震と火山噴火と津波は日本列島を
形作ってきた最も基本的な自然現象だと思っているので,それを詠んだ俳句を気をつけて
集めてみたこともある。阪神・淡路大震災を詠んだ句は多いが,やはり一番激しい句はこ
れだろうと思っている。
倒・裂・破・崩・礫の街寒雀 友岡子郷
火砕流という言葉も詠まれるが,俳人は自分の目で見たものを詠むので,噴火や津波や
火砕流の句は地震の句よりは少ない。
るいるいと枇杷熟れし地に火砕流 太田安定
風水害などを詠んだ句を例として挙げてみたい。風水害には,熱帯低気圧,前線による
集中豪雨,洪水や土石流,鉄砲水,がけ崩れ,地すべり,高潮などがある。
山豪雨全山滝となりにけり 福田蓼汀
川上に崖崩れあり地蔵盆 山本洋子
高潮ののちの青海舟大工 平畑静塔
竜巻に野蒜飛ぶなり鰻池 水原秋桜子
大雪,雪崩,雷,雹も詠まれ,異常気象現象によって,暖冬,猛暑,冷夏,空梅雨,乾
燥による山火事なども詠まれている。
大雪の今朝山中に煙たつ 宇多喜代子
地震計雪崩の揺れを記録せり 尾池和夫
使徒一人欠けたる長き冷夏かな 有馬朗人
山火事のありたる地肌夏蕨 茨木和生
自然災害から立ち直る力強さも,自然災害を受け流す知恵も,大らかに自然現象を見つ
める目も,もともと日本列島が豊かな自然に恵まれて,日本列島に住み着いた民族が,変
動する大地と気候によってさまざまに姿を変える環境に暮らしてきたことから,自ずと養
われてきたものなのだと思う。それらの自然から生まれた季語を,世界一短い詩形に俳句
は詠み込む。俳句は,大切にしなければならない日本の文化だと,私は思っている。
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