縄文カタカムナ文化塾

https://katakamuna-labo.com/lp/  【縄文カタカムナ文化塾】 より

天野成美 サラ・シャンティ縄文カタカムナ文化塾

天野成美 サラ・シャンティ縄文カタカムナ文化塾の生徒募集のご案内

募集要項

カタカムナ文献とは

カタカムナ文献が発見されたのは昭和24年(1949年)に物理学者である楢崎皐月氏が兵庫県六甲山系にある狐塚の近くで、古い神社の宮司の息子であるという平十字と名乗る人に出会い、神社の御神体といわれる巻物を見せてもらいました。

巻物を見せられた楢崎氏は、大変興味を抱き、ノートに写しを取らせてもらったと言います。これが、世にいうカタカムナ文献(80首のウタ)です。 初めは楢崎氏もそこに描かれていた図象が、何を意味するのか全くわかりませんでしたが、満州で老子道徳教の方から聞いていた八鏡文字ではないかと考え、苦心惨憺のすえそれを解読すると、驚くべき内容が書かれていました。その図象文字には、1950-70年頃の物理学者さえも知らない秘された宇宙の根源原理が示されていたのです。これが、世にいうカタカムナ文献(80首のウタ)です。楢崎氏が解読したカタカムナ文献の研究は、その後、宇野多美恵女史に引き継がれました。そして宇野女史の手による『相似象学会誌』(1970年10月創刊)の発行等によってカタカムナの存在がさらに一般に知られるようになり、一部の研究者たちから、神代文字よりもさらに古い極めて希少な文献(ウタ)であると、密かに熱い注目を浴びてきました。 その後、2006年10月22日に宇野多美恵女史が他界したこともあって(享年89)、最近は、カタカムナの使い手を名乗って不思議なパワーで人を助けたり、カタカムナのパワーで病気を治す先生が現れたり、本やyoutubeでもカタカムナの文字を見かけることも多くなりました。私自身は、宇野多美恵先生から直々にカタカムナを学ばせていただきました。最初にお目にかかったとき、私の鎖骨の形を見て地面と平行に揃っていたことなどから何かを感じとられたようで、それ以降、幸せにも宇野先生から個人指導の形でカタカムナの勉強をさせていただくことができました。私は、カタカムナ文献のなかに書かれているアラカミチ、アマ(現象)やカム(潜象)から万象に通じる道が開けると信じている者の一人であり、人々がカタカムナのウタの響きを生活に取り入れると、今の時代に起こっている問題のかなりの部分が解決すると思っています。カタカムナの物理理論は、現代の物理理論とは少し違っています。物理学の発展はすばらしいものがありますが、決して万能ではありません。一方、カタカムナのカムの力を体得すると、今の物理理論では奇跡といわれるようなことが色々と起こります。たとえば、瞬時に病気が治ったり、事業が大成功したり、対人関係のもつれを解決できたり・・・・等々。今からおよそ12000年以上前(縄文時代以前)に存在したとされる古代カタカムナ人は、驚くべきことに、物の動く速度を「アマハヤミ」と呼び、超光速瞬間移動は存在すると断言しています。この、「超光速という速度はあるのか否か」という意見が対立している問題は、おそらく近い未来、カタカムナ物理理論に軍配があがるでしょう。近年に於いては、超光速はあるという方向に変更しつつあります。 では、はたしてなぜそんなことが起き得るのでしょうか?そのカラクリを知っていただくために、今回カタカムナ文化塾では3回にわけた初級、中級、上級のカリキュラムをご用意しております。カタカムナに書かれた一連の内容です。

①全カタカムナ文明の哲物理学

②カタカムナウタヒ80首

③生物脳を開く実技合宿

 カタカムナは権力者によって作られたウタではなく、恋のウタでもありません。 カタカムナとは、見えない宇宙の根本原理を示した直感物理です。講義動画をご視聴いただければわかりますが、人を幸せに導くコトワリ(物理)のウタであり、本来人間が持っている(しかし、現代人では眠っている)偉大な可能性やサトリにつながる生物脳を覚醒させるヒビキのウタです。 おかげさまで、このたびカタカムナ研究を通じて、湯川秀樹博士の素領域理論の研究を引き継がれた、理論物理学者の保江邦夫博士とご縁をいただくことができました。保江博士に私どものカタカムナ研究の資料をご覧いただいたところ、博士から「これは素領域理論とみごとに合致します」と太鼓判を押していただけました。ぜひ、保江博士の解説文と併せてお読みください。ー引用:「完訳」カタカムナ 天野成美

縄文カタカムナ文化塾

1995年1月17日の阪神大震災の被災により全壊した木造家屋をビルに再建した時に私の夢であった健康道場が生まれました。サラ・シャンティという名前は震災直前にベストセラーになった青山圭秀がサイババ・ブームを起こした「理性のゆらぎ」など三部作と「聖なる予言」を読み終えたことから、サイババからの神秘体験が次々と起こり、ビル建設と道場開校のスムーズな流れが生まれ、シャンティ(平和)を与えられ、1997年4月に開校してからカタカムナへの道に繋がる人々が来られるようになり、私のカタカムナの学びが始まりました。私は六甲という地に生まれ、六甲山の中腹にある小学校から高校まで通い、社会人になってもトライアスロンや滝行で六甲山で鍛えられましたので、六甲山とご縁のある聖人や神々とのご縁を感じ、カタカムナを広げることは天命だと思い縄文カタカムナ文化塾としてカタカムナの講座を開催するようになりました。

カタカムナは六甲山の金鳥山で楢崎皐月が平十字に出会って授かった80首の八鏡文字で書かれたウタヒの研究から始まっており、それが宇野多美恵の著作「相似象」が十数巻残っております。楢崎皐月の研究を正確に継承する人は宇野多美恵女史だけでしたので、大変謎の多い上古代の難しい潜象物理の内容を伝える人は皆無だと思っていました。しかし昨年末に夢のような不思議なご縁で宇野多美恵女史から指導を受けた天野成美先生が保江邦夫とのご縁によって紹介され、楢崎皐月のカタカムナを伝える講座を開講していただけることになりました。 -カタカムナ文化塾 副塾長 「サラシャンティ道場」 清水 正博

縄文カタカムナ文化塾 初級クラス 授業内容

2時間✖️8回

【第1回】

カタカムナ80首により「カタカムナとヒトツカタ」の幸せに生きる実践の術、アワの直観が育ちやすい意味を解き明かします。頭で考えすぎる現代人には体を使う術を知ることが大切です。

【第2回】

アワ・サヌキについて(カタカムナ語)アワ・サヌキがわかると人間としての成長が始まる。他の動植物と人間の違いを知ってリーダーシップを!

【第3回】

マワリテメグルについて(カタカムナ語)カタカムナ的に生きるという事は止まることが許されない事!楽しく幸せに豊かに生きるにはコツがある。

【第4回】

アマウツシとカムウツシについて(カタカムナ語)宇宙の中の人間とは・人間1人1人の役割について!自分の役割通りに生きると幸せは自然についてくる

【第5回】 ヒフミヨイウタ

生命とか何か、生きるとは何かを知る。生きる目標が定まると信念が確立、結果今日から感謝溢れる生活が始まる。

【第6回】 ミタマワケ

自らの中に内在する「ミ」は「  」から分けられた。授かりもの自分の「ミ」を理解しよう。困難、難局、苦境から立ち上がる力が与えられる。カタカムナで読み解く6000年昔の生活技法カムナガラノミチ13を知ってアワ脳の劣化を認めると全ての解決法が見えてくる。

【第7回】 カムナガラノミチ13の道理解 全編1-5

アマウツシミチ宇宙創造からの健康保持

【第8回】 カムナガラノミチ13の道 後半6-13

モノアキド病気治療から物流法

縄文カタカムナ文化塾 中級クラス 授業内容

カタカムナウタヒ80首 

1回2時間 × 2回    1日 4時間

各日 10首づつを学習   合計8日間

縄文カタカムナ文化塾 

塾長 天野成美

1947年大阪商人の家に生まれる。大学在学中、全国百貨店にインテリア及び工芸品卸売販売業を始める。5歳の長男が先天性聴力不全と診断され難病治療師と出会い10回の通院で完治。以降20年間、治療師の奇跡の治療を間近に見るチャンスを得、自分の歯頚が膿んだ時、カタカムナの本を手渡されて瞬間治癒する経験を持った。これがカタカムナとの出会いとなり、宇野多美恵女史を訪ね10数回にわたり個人指導を受け、「カタカムナを時期が来るまで公開しない」との宇野女史の意思を守りつつ、本物の伝承者を見つけることが大切とひらめき、入門編をまず執筆しカタカムナの大衆化に取り組む決意。

縄文カタカムナ文化塾 

副塾長 

清水 正博「サラシャンティ道場」 

1947年神戸六甲生まれ、甲南大学卒業

1966年にメキシコ・アメリカに一年半滞在し、人生観・世界観・歴史観が変わる。

帰国後大学のフォークソング大会で優勝。劇団カラスを作り創作劇を演じる。

ブントの松本礼二から国際反戦会議の通訳を依頼されたことから、キューバ文化交流所関西支部事務局長を依頼され万博キューバ館や翻訳、ポスター展の活動を始め、1970年にキューバ砂糖キビ刈り支援で訪問、71年に結婚しキューバ領事館勤務するも半年で退職し、関西に戻りシャンソン歌手のマネージャ、弾き語りの歌手から神戸の貿易会社に勤務、大東流合気道から神道夢想流杖道を始め、37歳からトライアスロンを始める。

さらに陶芸を始めて工房を作るも阪神大震災が来て、自宅が半壊。ビルを建設して健康道場サラ・シャンティをオープンそこからカタカムナへと導かれ、2015年1月8日に自叙伝「走りながら祈る」を執筆し現在に至る。

平和・環境・健康・歴史の諸問題に新しい価値観で取り組む人たちと志を共有できる空間を創造したい想いで道場経営を行っている。

縄文カタカムナ文化塾 

事務局長 

猿田彦

1979年生まれ 未年

2015年に横浜から大分に移住する。

大分を中心に磐座をめぐり古代の意識を探究している。

この度、縄文カタカムナ文化塾 をWEB、システムでサポートさせていただくことになりました猿田彦です。

僕は、カタカムナと出会いその奥深さに魅了されました。

カタカムナを追求するということは人類の最大の秘密の扉を開く鍵になると感じています。

自分なりにそのルーツを探究していくと、空海、役行者、須佐男そして縄文より超古代の叡智へと繋がっていくように思えます。

そして、そのカタカムナを平十字より受け継いだ楢崎皐月 氏とはどんな人物だったのか?カタカムナの実態は一体何なのか?

純粋にカタカムナを知りたい!という探究心により突き動かされてきました。

そんな時にサラ・シャンティで天野塾長が講座を開いていることを知りました。

楢崎皐月 氏から直々に継承された宇野多美恵 さん そして宇野多美恵さんから直接伝授された天野塾長

カタカムナを追求していくうえで、天野塾長の継承されたカタカムナを学び、そして世に広めるお手伝いをさせて頂きたいと心より思いました。

そして、今回、縄文カタカムナ文化塾をオンライン化させていただくことになりとても嬉しいです。

日本の最高峰の宝であるカタカムナを学びやすく、そしてより実践的に、さらには縄文カタカムナ文化を広める同志を育成していただけるプログラムを天野塾長と清水福塾長にご用意いただけました。

僕の探究している磐座とカタカムナの叡智は表裏一体です。

今こそ日本の隠されてきた叡智カタカムナの封印を解いて新たな時代への扉を開く時ではないでしょうか。