陽炎を跨いで入る非常口

拾遺放光 柿本多映句集 〈高橋睦郎 選〉

柿本多映句集・高橋睦郎編『拾遺放光』深夜叢書

ピアノ鳴る家や西日の鬼瓦  柿本多映

満水の池を覆へり春の空  同

何喰はぬ顔の出てくる氷室かな  同

陽炎を跨いで入る非常口  同

八月の鯨のやうな精神科  同


非常口は本来出口!! その非常口に陽炎が立ち 視界がゆらゆら揺れるままにそれを跨いで入る 危険とスリルいっぱいを感じる句です。

 

https://business-textbooks.com/nigemizu-kagerou-shinkirou/ 【「逃げ水」「陽炎」「蜃気楼」の意味と違い】 より 

逃げ水・陽炎・蜃気楼の意味と違い

自然現象の中には、人間にとって不思議なものが多くあります。特定の条件下で起こる「逃げ水」や「陽炎」「蜃気楼」といったものも、その一種でしょう。これらはどれも、空気の密度と光の関係で起こる現象ですが、詳しくはどういった違いがあるのでしょうか。細かい理屈については、よくわからないという人も多いと思います。そこで今回は、「逃げ水」「陽炎」「蜃気楼」の意味と違いについて解説していきたいと思います。

逃げ水とは

「逃げ水」とは、あたかも地面に水があるように見える現象のことです。

風のない、良く晴れた暑い日に起こる現象で、実際には水などないにもかかわらず、少し先に水が溜まって見えるようになっています。近づいてもそこに水はなく、さらに先に同じようなものが見えるだけのため、まるで水が逃げていくように感じられるという意味でこの名がついています。

アスファルトの路面で見られやすい現象ですが、砂漠でも同じようなものがよく見られます。「地鏡」とも呼ばれます。

「逃げ水」の仕組みは、基本的に蜃気楼と同じです。「逃げ水」の場合は、地表近くの空気が熱せられ膨張することでプリズムのような効果を生み、上の景色がまるで道路表面に映っているように見えるようになっています。

「陽炎」などとの違いについては、以下で見ていきましょう。

陽炎とは

「陽炎」とは、春や夏に見られる、空気中に立ち上るゆらめきのことです。

良く晴れて風がなく、かつ日差しが強い時に、空気中の光が屈折して見える気象現象を意味します。特にアスファルトの上や自動車の屋根部分、飛行機のエンジン周辺などでよく見られます。

「陽炎」のメカニズムは、以下の様なものです。大気は温度の変化に応じて密度が変わりますが、熱い空気と冷たい空気が隣り合っている場合、光は冷たい高密度の空気の方へ屈折するようになっています。「陽炎」が出る時は、大気の中に熱い空気と冷たい空気が混在することから、さまざまな方向への光の屈折が生じて、空気がゆらめいて見えるわけです。

「蜃気楼」との違いなどについては、以下で見ていきましょう。

蜃気楼とは

「蜃気楼」とは、地上や水上の物体が浮き上がったり、転倒して見える現象のことです。「蜃気楼」の「蜃」は大ハマグリのことで、「蜃が気を吐いて楼閣(建物)をつくる」とされたことからこの名が付きました。

「蜃気楼」は、「光の屈折現象」という意味では、「逃げ水」や「陽炎」と違いはありません。やはり、大気中に密度の異なる空気が隣り合って存在する時に起こる気象現象となっています。

ただ、「逃げ水」は上方の景色が地面に反射するように見えるのに対し、「蜃気楼」はより遠くの景色が浮き上がったり、転倒して見えるという違いがあります。また、「陽炎」は密度の異なる空気が混在して起こるのに対し、「蜃気楼」は密度の異なる空気が層状に分布することで起こる点が異なります。


しかし陽炎は春の季語??


http://haikuwotukuru.com/%e6%98%a5%e3%81%ae%e5%ad%a3%e8%aa%9e%e3%80%8e%e9%99%bd%e7%82%8e%ef%bc%88%e3%81%8b%e3%81%92%e3%82%8d%e3%81%86%ef%bc%89%e3%80%8f/ 【春の季語『陽炎(かげろう)』】 より

解説

よく晴れた日にアスファルトの上などにゆらめくような光の屈折現象をみたことはありませんか?それが『陽炎』です。

科学的には密度の異なる大気が混じり合うところでは光の屈折率が変わるために起こる現象です。

真夏にも多く見られますが俳句では春の季語になっています。これはこの現象がうららかなイメージを持っているためと言われています。確かにものの輪郭がゆらぐというもは、『朧月』にも通じるものがありますね。

『陽炎燃ゆる』『糸遊(いとゆう)』『遊糸(ゆうし)』『野馬(やば)』『陽焔(陽焔)』『かぎろひ』も同じ意味の季語です。

季語『陽炎(かげろう)』の俳句と鑑賞

かげろふと字にかくやうにかぎろへる 富安風生

鑑賞:これはなんとなくのイメージを楽しむ一句でしょう。

「かげろふ」という言う平仮名を書くという行為のようにゆらめいている。

というような意味ですね。「かぎろへる」は陽炎を動詞にしたものです。この句のポイントはか行が繰り返しでてくるリズムと、「字」だけが漢字であることです。漢字が一文字入ることで他が平仮名であることが強調されますよね。平仮名という字は漢字よりも柔らかく、陽炎に近いんじゃないかと思います。

陽炎やふくらみもちて封書来る 村越化石

鑑賞:地面がゆらめいている陽気。陽炎は春の季語ですから、うららかな日中です。気温もちょうど良さそうです。気を抜くと眠くなるような、そんな中を膨らみのある封書が届きました。

中には何が入っているんでしょう?そんなことを考えずにはいられません。おそらく柔らかで素敵な何かが入っているんじゃないでしょうか。

また別の読み方として、陽炎には儚さ(はかなさ)のイメージもあります。だからこそ、この封書の中身もそんなものかもしれません。

「ふくらみもちて」で封書の中身を想像させているわけですが、季語の『陽炎』にどんなイメージを持っているかで中身のイメージが変わってくるという不思議な一句です。素敵ですね。

陽炎に棲みついてゐる陸上部 才守有紀

鑑賞:SNSをうろうろしていた時に見つけた俳句甲子園の一句で、ずっと印象に残っていた一句。

陽炎と言えば運動場でもよく見ますよね。陽炎越しに遠くで陸上部が練習している。見ているこちらは運動など全く得意でなく別世界のように見ています。陸上部というのはもしかしたら陽炎に棲みついているんじゃないか?と思えるくらい現実味がありません。

わたしも運動が得意な方ではなかったのでこの句に書かれていることはとてもよくわかります。