拾遺放光 柿本多映句集 〈高橋睦郎 選〉

柿本多映句集・高橋睦郎編『拾遺放光』深夜叢書

ピアノ鳴る家や西日の鬼瓦  柿本多映

満水の池を覆へり春の空  同

何喰はぬ顔の出てくる氷室かな  同

陽炎を跨いで入る非常口  同

八月の鯨のやうな精神科  同


http://shinyasosho.com/home/book2009-01/ 【拾遺放光 柿本多映句集 〈高橋睦郎 選〉】

より

柿本 多映(かきもと・たえ)プロフィール

1918年、滋賀県大津市園城寺(三井寺)に生まれる。京都女子高等専門学校卒。

1976年より句作を開始し、赤尾兜子、橋閒石、桂信子に師事。永田耕衣、三橋敏雄に親炙。「草苑」「白燕」「犀」同人を経て現在は無所属。

句集に、『夢谷』『蝶日』『現代俳句文庫 柿本多映句集』『花石』『白體』『肅祭』『仮生』(第五回桂信子賞、第29回詩歌文学館賞、第13回俳句四季大賞)『柿本多映俳句集成』(第54回蛇笏賞)。

エッセイ集に『時の襞から』『季の時空へ』。

ほかに『ステップ・アップ柿本多映の俳句入門』。

オビ(表) 多映さんはつねに最初の一句を吐く俳人なのだ。  高橋睦郎

『柿本多映俳句集成』(2019年刊)に「拾遺」として収められた、1500句を超える 句集未収録作品から、赫奕たる佳句を精撰。

オビ(裏) 灌頂や蝶ふはふはと四隅より 男来て冬青空に鉤吊す 炎昼へからだを入れて昏くなる 八月の鯨のやうな精神科

序文(選者・高橋睦郎による序文「小序」)

 柿本多映さんの句は他の誰の句にも似ていない。多映さんの句自体についても、どの一句も他の句とは似ていない。多映さんはつねに最初の一句を吐く俳人なのだ。『柿本多映俳句集成』の既刊七句集の一句一句との一回づつの出会いを愉しんだ後、改めて楽な気持で拾遺に対った。結果は七句集に劣らぬ眩しい光を放つ句との衝突の連続で、そのつどしるしを付け、さらに厳選して百句に余った。拾遺放光と名付けるゆえんだ。

  〈選者〉高橋睦郎 略歴

  1937年、北九州八幡に生まれる。福岡教育大学卒。1959年、第一詩集『ミノ・あた

  しの雄牛』を刊行。以後、現代詩、短歌、俳句その他あらゆる詩形式を試み、小説、

  オペラ、能、狂言など多分野で実作。

  詩集に『王国の構造』(藤村記念歴程賞)『兎の庭』(高見順賞)『姉の島』(詩歌

  文学館賞)を含む31冊。ほかに句歌集『稽古飲食』(読売文学賞)、句集『十年』

  (蛇笏賞)。

あとがき(抄)

 年が新たになり、何事も順調に運ぶ筈だったが、突如港に停泊した客船のニュースでコロナの名を耳にし、映像で映し出されるにつれ、不安な気持ちだった。それが俄かに拡散してゆき、われわれはその渦に巻き込まれていったのだった。その間いろいろなことが身辺を通過していったが、やっとただいまこうしてペンを握っている。

 改めて庭をみると、家居の私を癒し続けた名も無い草花やどくだみの白い花は、螢袋や捩り花にとってかわり、おなじみの蜂は相変わらずすぐ傍を通り過ぎ、カマキリの子はかろうじて花の茎をよじのぼり、蟻は新たな巣作りに励むといった具合で、彼らは変化する自然に身をまかせて行動しているのだった。この小さな営みこそすべての生命の源であるという当たり前のことを、改めて思う自身に愕然としている。それはまたどこかで私の作品と繫がっていることをそっと願うばかりである。


https://note.com/ayakasato/n/nfefae9f0a78f 【『柿本多映俳句集成』(深夜叢書社)/第54回蛇笏賞受賞/第二刷ができました】 より

俳人・柿本多映さんの既刊6句集と拾遺などを収録した『柿本多映俳句集成』についてのページです。

*【2019.4】『柿本多映俳句集成』につきまして、初回の書店向け納品分すべて栞のはさみ込み漏れがありました。すでに書店に栞は届いており、現在販売されているものには栞が挟んであると思いますが、万が一栞が入っていなかったという方がいらっしゃいましたら、お送りいたしますのでお手数ですが深夜叢書社までご連絡ください。→こちら

**【2020.4】『柿本多映俳句集成』が第54回蛇笏賞を受賞しました。

***【2020.8】『柿本多映俳句集成』第二刷が出来上がりました。

****【2020.8】『柿本多映俳句集成』中の拾遺をもとに、高橋睦郎編『柿本多映句集 拾遺放光』(深夜叢書社)が刊行されました。

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柿本多映さんは1928年、滋賀県大津市生まれ。はじめ赤尾兜子に学び、桂信子主宰の「草苑」で活躍されました。橋閒石、永田耕衣、三橋敏雄とも親交が深く、そういった作家たちのなかで、独特の作品世界を形成してこられました。現代俳句協会賞、桂信子賞、詩歌文学館賞などを受賞されています。

多映さんと私・佐藤が初めてお目にかかったのは2014年10月。以来、関西や東京でお会いするなど親しく接していただき、今回『柿本多映俳句集成』をお手伝いさせていただく運びとなりました。

多映さんの「若い人に読んでもらえる俳句集成をつくりたい」というご希望を生かし、装幀は髙林昭太さんにお願いしました。函なし・やわらかい質感のハードカバー・ほぼ四六判という、コンパクトな俳句集成です。

「南風」主宰の村上鞆彦さん、現代俳句協会青年部長の神野紗希さん、そしてこの俳句集成の年譜・改題をご担当くださった関悦史さんにお集まりいただいて記念座談会を行い、栞としました。

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関悦史さんが「柿本多映さんは五十代になってから俳人としての人生をスタートさせた方ですが、始まった時点である意味完成された俳人と言えるでしょう」とおっしゃるとおり、〈眼底をよぎる人あり冬花火〉〈立春の夢に刃物の林立す〉〈点滴や湖に降る春の雪〉で始まる第一句集『夢谷』は、誰の心にもぐっと迫ってきます。

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「拾遺」では、既刊句集に入らなかった作品のなかから、柿本さんご本人が思い入れのある作品を選ばれました。句によってはさらに手を加えられ、大変こだわりの強い一冊に仕上がっています。

紀伊国屋書店新宿本店など、すでにいくつかの書店では販売が始まっているので、書店で実際にご覧いただければ幸いです。版元である深夜叢書社へもご注文が可能です。→こちら 

最後に、私の好きな多映さんの作品を少しだけご紹介しておきます。

桃色の夜空を誰のいかのぼり  『夢谷』

青首大根畑にそろひ恋ごころ  『蝶日』

猫踏んでまだらになりし春の闇 『柿本多映句集』

天体や桜の瘤に咲くさくら   『花石』

短調や空に椿の落ちつづく   『白體』

乱反射ゾーンへ入る黒揚羽   『粛祭』

誰の忌か岬は冬晴であつた   『仮生』

愛は不毛レッサパンダの直立も 「拾遺」

多映さんの作品が、多くの方に届くことを願っています。


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