松尾芭蕉はなぜ命を取られたのか?

https://ameblo.jp/akashieda/entry-12461753681.html【NHK偉人たちの健康診断●解説●【松尾芭蕉はなぜ命を取られたのか?】江田クリニック 院長 江田証】より

【解説】 NHK偉人たちの健康診断 松尾芭蕉 編

【松尾芭蕉は何の病気で命を取られたのか?】 解説 医学博士 日本消化器病学会専門医 江田証

●潰瘍性大腸炎とはどんな病気か?

腹痛、血便や下痢、血や膿の混じったネバネバした粘液が出てくる、発熱、体のだるさなどの症状が長期間続く病気です。

肛門に近い直腸から奥にむかって大腸の粘膜のただれが広がってしまう病気です。

1875年に潰瘍性大腸炎という病気ははじめて報告されましたので、芭蕉が病に没してから約180年経ってから判明した病気です。

病状には波があり、おさまったり、悪化したりを長期にわたって繰り返すのが特徴です。

我が国の潰瘍性大腸炎患者数は増加傾向にあり、米国に次いで世界第2位で、現在日本人の患者数は17万人でさらに増え続けている(年間10%ずつ増えている)。

この患者数の上昇は、食事や環境の変化が大きいと考えられます。

一方で、内視鏡が普及したことで、潰瘍性大腸炎と正確に診断されるようになったという側面もあります。頻度は今ほどではなかったでしょうが、潰瘍性大腸炎は昔からあった病気だったと推測します。いくら1694年のできごとであったにしろ、人体の生理はたかが300年くらいでそう変わるわけではありません。同じ人間の病気ですから、まれだったかもしれませんが突然降って出た病気ではないでしょう。

発症年齢は25~30歳にピークがあり、有病者数は30歳代で最多となりますが、40~50代までの幅広い年代層に患者がみられます。

原因はいまだ不明であり、国が定めた「指定難病」に含まれます。

しかし、いわゆる「不治の病」のイメージとはだいぶ異なり、寿命を縮める病気ではなく、たいていの患者さんは治療をしながらごく普通の生活をしています。

ほとんどの潰瘍性大腸炎患者は軽症であることが統計でわかっています。

潰瘍性大腸炎の原因は、さまざまな原因の重なりが影響しています。

遺伝子や食事や衛生などの環境因子がからみあって、腸内細菌そう(腸内フローラ)の構成の変化(ディスバイオーシス)がおこり、結果として免疫のしくみに異常が起こり、有害・無害の判断を誤ったり、自分の腸に対して免疫が攻撃をし続けたりすることで起こります。腸内細菌の異常により免疫系の暴走が起こるのが潰瘍性大腸炎という病気の本態です。

「身を守る」という免疫の本来の目的を越え、免疫が過剰に働き出すと無用な炎症が大腸で起こり、炎症が続くことになります。

●芭蕉が潰瘍性大腸炎であった可能性はどのあたりから推測されるのか?

芭蕉は病気がちでした。

しかもかなり神経質なほど細かく自分の健康状態を記録していました。

芭蕉がいちばん悩んでいたのが、繰り返す腹痛、下血、下痢、痔、慢性気管支炎の症状でした。

下血と腹痛発作の病を持っていて、「実年齢よりもかなり老けて見えた」という記述が残っています。

5ヶ月で2400キロものみちのくへの長く厳しい旅も慢性疾患の病状を悪くさせた可能性があります。悲壮な想いや覚悟、ストレス。

潰瘍性大腸炎は、「漂白の想い」、つまりストレスで悪化します。

このような長期間続く、腹痛や血便などからは潰瘍性大腸炎という病気が鑑別疾患として挙がります。

潰瘍性大腸炎にはクローン病と比べると頻度は低いものの、痔や痔瘻などの肛門病変を伴うことが知られています。一般病院での統計より肛門科を専門とする病院での統計では潰瘍性大腸炎患者の肛門病変は意外に高く、10~20%という統計結果が複数あります。肛門病変を合併するのはクローン病だけではないのです。

また芭蕉は、何度か皮膚に腫れ物ができたと記載しています。

潰瘍性大腸炎の患者さんには、「結節性紅斑」と呼ばれる腫れ物ができることが有名です。

これは、足のすねやくるぶしにできる痛みを伴う赤い腫れです。

発熱や関節痛やだるさをともなうこともあり、顕微鏡でみると、結節性紅斑の本態は、皮下の脂肪組織の炎症(脂肪織炎)です。治療は安静にして足を挙上(あげること)することです。

また芭蕉がよく訴えていた背部痛や心窩部痛は、潰瘍性大腸炎の患者には胆石や膵炎を合併することが知られているのでこれらは潰瘍性大腸炎の腸管外合併症であった可能性があります。

以上より、芭蕉が潰瘍性大腸炎であったとしても矛盾はありません。

潰瘍性大腸炎はあまり死亡に結びつく病気ではないことが多いが、では芭蕉の死因はなんであったと推測されるのか?

潰瘍性大腸炎は中毒性巨大結腸症(強い大腸の炎症のせいで腸管の動きが悪くなり、ガスがたまって風船のようにふくらんでいる状態。全身に発熱や頻脈などの中毒症状が現れる。穿孔につながるおそれがある)や劇症型では死に至ることはありますが、まれで、これまで述べてきたとおり、潰瘍性大腸炎の大半は軽症です。

そして、死亡する前に調子を崩す1694年9月10日からの主な症状は、悪寒と熱と頭痛であり、腹部症状ではありません。

9月29日に1日10~50回の激しい下痢が出現しますが、それは後期の症状です。

このようにさむけと発熱が主な症状で考えなくてはならないことは、潰瘍性大腸炎になんらかの感染症が合併したことです。

芭蕉の記録を見るかぎり、この経過からは腸結核という疾患を考えなくてはなりません。

腸結核では、発熱、全身倦怠感、腹痛、血便、下痢などの症状が出ます。

芭蕉が死ぬ1年前、献身的に芭蕉が看病した芭蕉のおいが肺結核で亡くなっています。

当時、肺結核は致死的な病気でした。しかも結核は結核患者と接してから1年以内の発症が多く、この点でも矛盾しません。

芭蕉の記録ではもともと気管が弱く、慢性気管支炎などの症状がありました。

潰瘍性大腸炎では慢性気管支炎や気管支拡張症などの肺の病気が合併することがよく知られています。

そうなると、同じ部屋で結核患者の看病をしていた芭蕉に結核菌が感染していた可能性は十分にあります。

感染した結核菌は痰として飲み込まれ、腸の中で繁殖し、腸結核となります。

(肺に病変をもたない、「原発性腸結核」のほうが多いことも報告されているので、喀血などの肺の症状がなくても、腸だけに病変を持つことも多いことがわかっています)。

結核菌は、細胞成分に「ミコール酸」などの脂質を多く含んでいるため、胃液や腸液などの酸やアルカリに抵抗性であり、生き残りやすいのです。

腸結核になると、腸管が穿孔して緊急手術を受けたあとに腸結核と診断されたり、2リットル以上の下血を生じて死亡する例、また潰瘍性大腸炎と腸結核がともに活動性をもって併存した例などが「日本消化器内視鏡学会」でも発表されています。

芭蕉の慢性的な腹痛と急激な容態の変化はこのように推測することができます。

もちろん、当然ながら歴史上昔のことで医学が発達する前の話ですから、誰も本当の真実はわかりません。正解は存在しません。あくまで推測のひとつであり、このNHKの番組「偉人たちの健康診断」もフィクションであり、エンターテイメントです。歴史上の人物から現代に生きるわれわれの健康に有用な警鐘が導き出せれば良いのです。

結核は現代の日本人にも多く、先進国でもかなり高い注意すべき感染症であることがわかっていただけると幸いです。

●芭蕉庵に植わっていた、芭蕉の葉には不思議な効果がある?

実は芭蕉の葉抽出物には大腸癌細胞に対する毒性があることがわかっています(名古屋市立大学などで多数報告されている)。

芭蕉は大腸癌に効くのです。

大腸の病気に悩まされた芭蕉の象徴である芭蕉の葉に大腸健康効果があることは印象的とさえいえますね。

みなさん、楽しんでいただけたでしょうか?