https://www.ffpri.affrc.go.jp/fsm/research/pubs/nenpo/documents/annual_rep_046-6.pdf【国際的な視野からみた日本の里山の意義】 より
深町加津枝(森林資源管理研究グループ(現京都府立大学))
1.はじめに
里山は日常生活および自給的な農業や伝統的な産業のため地域住民が入り込み、資源として利用し、攪乱することで維持されてきた、森林を中心にしたランドスケープである。日本の SATOYAMA(里山)のもつ今日的な意義は、持続的な資源利用や地域固有の文化の伝承、あるいは絶滅危惧種を含む生物多様性の保全などの観点から国際的にも認識されつつある。里山は時代によって変化しながらも、日本特有の景観を呈し、日本人の心のふるさとの景を形成してきた。
日本の里山の特徴の一つは、稲作を基調とした畦畔や水路のネットワークが存在することである。また、隣接する林地では薪炭利用のみならず、水田に有機肥料を供給する場として採草や落葉採集などが定期的に行われ、焼畑や茅場などとしても利用された。
一方、海外の国々、例えばイギリスそしてフィリピンにおいても日本の里山に相当する景観がみられる。これらを比較しながら見ていくと、米を主食とする日本とそうではなく家畜の比重がより高いイギリスとでは、景観を構成する要素や土地利用、地域資源の管理の方法が必然的に異なる。同じく米を主食とするフィリピンと比較してみても、自然環境、信仰や年中行事など文化的な背景、近代化の速度などの相違によって、それぞれ独自の里山景観がみられる。独自性の一方で、広葉樹を定期的に伐採し萌芽林として持続的に使う土地利用などは世界各地で共通する技術や制度などを背景とするものであり、その結果遠く離れた国の間にも類似した薪炭林の景観が発達してきたといえよう。
2.里山のもつ地域性
それでは、日本の里山がどのような特徴をもっているのか、また、どのような意義をもっているのか、そして今後どのような方向が求められるのであろうか。その答えのために、大きく二つの視点からの調査研究が必要と考えられる。
一つは「現在の里山」について理解するための、景観や植生についての調査、また里山と関わる人々についての調査である。もう一つは「過去の里山」を理解するための調査であり、文献等の調査のほか地域に関わりながら里山の歴史を読み解いていくものである。これらの調査研究には、特定地域のモニタリングの継続とともに多くの異なる専門家との連携も不可欠である。
里山研究のためのモニタリングの対象地としてきた、深刻な過疎化が進行する京都府の丹後半島山間部と、都市化の進行する滋賀県琵琶湖西岸地域を比較すると、里山のもつ地域性とは何かが次第に浮かび上がってくる。丹後半島山間部の集落の事例をみると、一年を通した生活や生業のサイクル、火災といった非日常的な出来事、あるいは自然撹乱によってその姿を変えながら里山の景観が維持されてきたことがわかる。チマキザサを主な材料とするササ葺き家屋があり、その周辺にはカキやウメなどの畦畔木をともなった棚田や、樹叢に囲まれる神社があった。日常の薪としてはイヌシデやミズナラなどの樹木が好まれた。一方、集落から比較的遠距離にある共有林にはブナが多く分布し、大火の際の集落の復興のための炭焼きや、家屋の自家用用材などと、主に非常時用の備蓄としての役割を果たしていた。
琵琶湖西岸地域の里山に目をむけてみると、ここではヨシ葺き家屋や焼き杉の板と漆喰の家屋、地元の石材を使った石垣や水路がみられる。集落周辺には地域住民の生活に不可欠であった茶畑や竹林が分布した。稲を干すために棚田の畔に列状に植えられた箒状に刈り込まれながら維持されてきたクヌギの稲木は、この地域ならではの景観といえよう。
日常の薪としてはクヌギやコナラが好まれ、アカマツも大切な燃料として重宝された。薪や柴を運ぶ方法も異なり、丹後ではセイタで負うのに対し、湖西ではマツや杉で作られた木の車を利用した。水田の真ん中に位置する「山の神」の祠を取りまくエノキやタブなどの大木は、かつては山仕事に向かう道中に立ち寄って安全を祈願する場であり、大木をむやみに伐ることを戒める伝説も多く残っている。
3.今後の里山研究に向けて
里山には地域ごとの多様な自然環境があり、地域資源を工夫して利用し、管理してきた長い歴史があった。しかしながら人との密接な関わりは今ではもう過去のものとなり、急激な都市化や過疎化の進行、画一的な開発、土地管理の放棄など深刻な問題をかかえている。里山の未来にむけて、持続的な資源利用、地域文化の保全、そして生物多様性の保全という観点から里山の過去、そして現在を見つめていく必要がある。
国際的な視野でみた里山の意義とは何か、その根底は地域独自の自然と文化の中で培われてきた里山の「地域性」にあるのではないかと思う。特有の構成要素をも含む自然と文化の複合環境系である里山の歴史や地域性を、国際的な視野で再認識し、丁寧に読み解くことによって、環境を見極めて地域資源を合理的に利用してきたシステムや、その中で培われてきた地域固有の知恵や技術、制度、デザインがより鮮明に浮かび上がってくるといえよう。
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