ザクロ〔石榴・柘榴〕

https://www.komajo.ac.jp/uni/window/japanese/ja_column_13001.html 【石榴(ざくろ)のお話—仲秋の風景雑感—】 より

石榴赤し ふるさとびとの 心はも    高浜虚子

いつのまにか残暑も過ぎ去り、お彼岸を迎える頃になると、ようやく石榴(ざくろ)の実も赤く色づきはじめる。俳句では秋の季語にもなっているこの石榴の実は、その紅色から、どことなく人恋しい気分にもさせる。そのためであろうか、石榴といえば、我が子を思う母の物語「鬼子母神」伝説がよく知られている。

その昔、お釈迦さまがこの世におられた頃、ハーリーティーという一人の母がいた。何と五百人にもおよぶ我が子を養っていたが、生来凶暴な性格をしていた彼女は、他人の子を見つけては次々に食べてしまうという、実に恐ろしい所業を繰りかえしていたという。

そんな噂を耳にしたお釈迦さまは、ある日、ハーリーティーの子どものうち、もっとも可愛がっていた末子の一人をこっそりと隠してしまった。悲しみのあまり、気も狂わんばかりになげきながら、必死に我が子を探しまわる彼女であったが、お釈迦さまの神通力によってどうしても見つけることができなかった。

こうしてハーリーティーは、救いを求めてついにお釈迦さまのもとを訪れた。そこでお釈迦さまは、「自分には五百人もいる子どもの、たった一人がいなくなっただけで、こんなにもなげき悲しんでいるではないか!ひとり子を食われて失った母親の心がどれほどのものか、よくわかるはずだ」と厳しくさとしたのであった…。

『法華経』陀羅尼品(だらにほん)より

こうして彼女は過去を深く懺悔し、子どもを守る誓いを立てて仏教に帰依するところとなった。このハーリーティーという母こそ、後世に「鬼子母神(きしもじん)」として祀られる子育ての神である。この鬼子母神像は、子どもとともに右手には石榴の実を持っているものが多い。人肉の味がするという迷信は、ここから来るものだが、正しくは「吉祥果(きっしょうか)」といって子宝に恵まれる縁起物の果実だからである。つまり、ひとつの実から多くの種が採れるため、子孫繁栄をあらわすのである。その意味でヒョウタン信仰と同じ原理といえる。

ところで石榴は、別の意味でも仏教にとっては大切な果実である。古くからインドでは、石榴の汁は「漿水(しょうすい)」といって修行僧の薬として珍重されていた。「しょうすい」とは、いわばジュースのことであるが、バナナ、マンゴウ、ブドウ、レンコンなどとともに重要な「八漿水」に数えられている。ジュースといっても、今のように決して味わうためのものではなく、衰弱した体を養生するために飲用したのである。実際に石榴のジュースは女性ホルモンに富んで栄養価も高く、人体から寄生虫を駆除する薬にも使われた記録がある。また華麗な花の姿は、ギャザーを寄せたようで、その昔は尼僧たちの内衣(下着)のファッションにも採り入れられたというユニークなエピソードも残っており、石榴は文化史研究の対象として非常に興味深い植物なのである。


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【ザクロ〔石榴・柘榴〕】より

ザクロ科(APG分類:ミソハギ科)の落葉小高木。観賞用の1変種ヒメザクロvar. nana hort.は樹高20~30センチメートルの低木。一般に分枝が多く、葉は対生し短柄がある。花は両性花と雌性の退化した雄花とがある。萼(がく)は筒状、多肉質で5~7裂する。花弁は6枚で橙赤(とうせき)色を基本とし、そのほか白色、赤色に白色の絞り、橙黄色などがある。果実は花托(かたく)の発達したもので、ほぼ球形となり、宿存萼がある。果皮は厚く、中に薄い隔膜で仕切られた6個の子室があり、多数の種子が隔膜に沿って配列する。熟果の果皮は黄白色または紫紅色となり、不ぞろいに開裂し、白色、淡紅色あるいは濃桃色の多汁な外種皮をもった種子を現す。外種皮は甘酸っぱく特殊な風味があり、生食用とするほか、グレナディンgrenadineなどの清涼飲料とする。原産地はイラン。アフガニスタン、パキスタン、インド北西部には種なしの果実を結ぶよい品種がある。アメリカではフロリダ、ジョージア、ルイジアナの地方で、生食用、ジュース用として栽培される。日本へは平安時代に中国を経て入ったと推定されており、花木として重んぜられた。そのため、花はもちろん、果実も熟して割れる美しさを観賞してきた。また、根や茎の皮、果皮を薬用とした。本州以南なら栽培は可能であるが、暖地でよく育つ。繁殖は挿木、取木、株分けなどによる。なお、果樹用品種としては、果皮の割れない形質が重要視される。実のなる実ザクロに対し、八重咲き種は結実せず、花ザクロとよぶ。

薬用

幹、枝、根の皮部をザクロ皮または石榴皮(せきりゅうひ)といい、条虫駆除薬として使用する。その有効物質がペレチエリンという揮発性アルカロイドであるため、新鮮なものでなければ薬効はない。なお、中国で石榴皮という場合は果実の皮をいい、止瀉(ししゃ)、駆虫剤として慢性細菌性下痢、血便、脱肛(だっこう)、回虫による腹痛、蟯虫(ぎょうちゅう)病などの治療に用いられる。根の皮は別に石榴根皮と称される。

文化史

右手にザクロを持つ鬼子母神(きしもじん)像は、釈迦(しゃか)が訶梨帝母(かりていも)にザクロを与え、人の子のかわりにその実を食べよと戒めたという仏教説話が日本に伝わって、できあがった。このため、ザクロは人肉の味がするとして、昔は好まれなかった。仏典には降魔の威力をもつと出る。中国へは紀元前2世紀、張騫(ちょうけん)が西域(せいいき)から持ち帰ったと伝えられ、日本ではかつて銅鏡を磨くのにこの果汁が用いられた。もっとも品種の多かったのは明治の末から大正の初めにかけてで、1912年(大正1)に出た『石榴名鑑』(東京讃品(さんぴん)会編)には50余りの品種が載る。しかし、それらの品種は関東大震災と第二次世界大戦により大半が消失した。

 新王国時代のエジプト、フェニキア、古代ローマなどでは神聖な植物とみなされ、ペルシアでは果実が王笏(おうしゃく)の頭部を飾り、ギリシアのロードス島では花が王室の紋章の一部に使われて権威の象徴とされた。その背景には、萼片の形が王冠に見立てられたことや、ザクロの果実としての重要性のほか、種子の多さから多産・豊穣(ほうじょう)のシンボルと考えられたなどの面があげられる。初期のキリスト教美術では、エデンの園(その)の生命の木として描かれている。


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