清瀧や波にちり込靑松葉

http://www.basho.jp/senjin/s1509-1/index.html【清瀧や波にちり込靑松葉】芭蕉(旅寢論)より

句意は「美しい清滝川の流れに、風で吹き散った青い松葉が散り込んでいるよ」となろうか。清滝は京都嵐山の保津川の支流清滝川のこと。

一般的に芭蕉最後の句と言えば「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」が挙げられる。しかしそれよりも後、死の三日前に「清瀧や浪にちりなき夏の月」を芭蕉が一生懸命練り直して生まれたのがこの句である。

去来の『旅寝論』によれば、園女宅での自身の発句「白菊の目に立て見るちりもなし」と等類(類想)になるとして改作したという。芭蕉の俳諧への恐ろしいほどの執念が感じられる逸話である。

この句を読むと私には、きらきら光る清滝川の清流に、青い松葉が一本一本突き刺さるように散り込んでゆく景色が浮かぶ。現実には枯れていない松葉が一本ずつ散ることはありえないのだけれど、私の頭には透明で静謐な世界が広がってくる。

芭蕉が熟考の末たどり着いた句に満足し、川に散り込む青松葉のすがすがしい景をイメージ
しながら死んでいったと考えると、この句が一層魅力的に見える。


https://www.minyu-net.com/serial/hosomichi/FM20200406-475653.php 【【旅の終わりに】俳人・長谷川櫂さん(上) 『時の激流』どう生きるか】 より

松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出て330年の節目に開始した連載「おくのほそ道まわり道」は、白河や須賀川、福島など県内各地をはじめ、奥州・北陸のかなたまで俳聖の足跡をたどり、名句誕生の地を訪ねてきた。そして前回「むすびの地」大垣に至り、いよいよ終幕を迎えた。この旅の余韻の中、俳人の長谷川櫂さんに、芭蕉は「おくのほそ道」の旅を経て、どう変わったのか、何をつかんだのか、この旅の意味について聞いた。

 「おくのほそ道」を紀行文だと思っている人が多くいます。しかし、これは文学作品です。芭蕉が奥州・北陸を旅したのは事実です。ただ、その旅を素材にして練り上げた文学作品と割り切って考えないと、何かもやもやしたものが最後まで残ります。「おくのほそ道」をたどる場合、純粋な旅の記録である「曽良日記」に沿って歩くと、芭蕉が書いた本文からどんどんはずれ、逆に本文通りに行こうとすると、決してたどれない場所があります。

 最初と最後に川

さて、文学作品にはテーマがあるわけですが、「おくのほそ道」の最大のテーマは「時間の猛威」です。

 人間は皆、時間の中で生きている。そして、時間の流れによって、世の中はどんどん移り変わってしまう。人間は年を取って死に、また新しい人が生まれる。この変転極まりない人間界が、時間によって出来上がっている。そんな時間の猛威の中で、人間はどうやって生きていったらいいか、はかない人生を人間はどう生きればいいのか―。

 これは原文にはっきり書いてあるわけではありません。全体を読んで浮かび上がってくる「おくのほそ道」の壮大なテーマです。

 「おくのほそ道」の旅は、江戸の深川を出て、150日ぐらいかけて大垣に到着します。この旅の前と後とで芭蕉は、一体どう変わったのでしょう。つまり、芭蕉はこの旅で何をつかんだのか。それを探求することが、この作品と取り組むときの正面玄関だと思います。芭蕉がつかんだことによって「おくのほそ道」は出来上がっているわけですから。

 これは気付かれていないことですが、非常に分かりやすい切り口があります。「おくのほそ道」の旅は、深川から隅田川をさかのぼって始まる。一方、旅の終わりの大垣では、芭蕉は船に乗り揖斐(いび)川を下って伊勢へ向かう。要するに、川で始まって川で終わる物語です。

 川は一体何を表しているのかというと、時間の大きな流れだと考えられます。芭蕉だけでなく、鴨長明の「方丈記」も「行く川のながれは絶えずして...」と始まっている通り、日本文学において、川というのは時間の比喩です。その川に浮かぶ船というのは、人生、人間の比喩であるわけです。

 この、時間を表す川の場面で始まり終わる構成は、「おくのほそ道」で芭蕉がつかんだことを考える上で、大きなヒントになると思います。

 かるみをつかむ

 二つの場面で、芭蕉は1句ずつ残しました。出発の時に詠んだ句は〈行春(ゆくはる)や鳥啼(なき)魚(うお)の目は泪(なみだ)〉。最後の大垣で残した句は〈蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ〉。ともに、集まってくれた門人らとの別れの句です。

 別れというのは、時間の激流の中の人間が、必ず体験しなければならないことで、生き別れも死別もあります。その別れにどう対処していくか。これが、時間の中をどう生きていくのかという問題の、具体的な問いになるわけです。

 この二つの句を見比べると、明らかに感じが違います。最初の〈行春や―〉は、漢字が多く、漢詩の一節のような印象があります。最後の〈蛤の―〉は、平仮名が多く、調べも非常になだらかです。それに「ほそ道」の原文を見ると分かりますが、〈行春や―〉は1行で書いてあるのに、〈蛤の―〉は3行の分かち書き、和歌の昔ながらの書き方になっています。

 つまり、ともに別れの句でありながら、出発の時の句は非常に重たい句になっている。これに対し結びの時の別れの句は軽い句になっている。この重さの違いが、芭蕉が「おくのほそ道」の旅を続け、つかんだものなんですね。それが、いわゆる「かるみ」です。150日の旅を続けているうちに、芭蕉の句というのは、これほど軽くなったということです。

 ただ、それは単に言葉の表現―漢字が多いとか、分かち書きであるとか、調べがなだらかだとかという俳句の表現の問題ではありません。芭蕉の人生観そのものです。芭蕉は、この旅で何かを見つけて吹っ切れた。それによって、俳句が軽々としたものになっていったのではないか、と推測できるわけです。この二つの句によって浮かび上がる、芭蕉の人生に対する考え方の違いが、「おくのほそ道」の成果と言えるのではないでしょうか。【ズーム】かるみ 蕉風俳諧で重んじた作風の一つ。移りゆく現実に応じた、とどこおらない軽やかさを把握しようとする理念。                          

ホーム 連載 おくのほそ道まわり道

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