https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/022600086/ 【2700年前の封印を発見、預言者イザヤのものか?】 より
聖書以外でイザヤへの言及が見つかった初の例となるか 2018.02.26
粘土に押され、一部が欠けた2700年前の封印。古代エルサレムのごみ捨て場から出土した。刻まれているのは、聖書に登場する預言者イザヤの名かもしれない。(PHOTOGRAPH BY OURIA TADMOR/ EILAT MAZAR)
イスラエル、エルサレムの発掘調査で、粘土にハンコを押した紀元前8世紀の「封印」が発見された。学術誌「Biblical Archaeology Review」に掲載された最新の報告によると、この封印には旧約聖書に登場する預言者イザヤの名が刻まれている可能性があるという。(参考記事:「エルサレムで古代の劇場を発見、「嘆きの壁」発掘中」)
考古学者エイラート・マザール氏は、「預言者イザヤの印を発見か」と題した報告を同誌に発表。それによると、封印は1.3センチの楕円形の粘土で、一部が欠けている。欠損がなければ、古代ヘブライ文字で「預言者イザヤのもの」と読めるかもしれないとの説を唱えている。
この2700年前の封印にある文字の解釈が正しければ、聖書以外でイザヤへの言及が見つかった初の例となる。預言者イザヤは、紀元前8世紀末から7世紀初めにかけてユダ王国を統治した王ヒゼキヤに助言する人物として、旧約聖書に描かれている。(参考記事:「古代イスラエル 消えた王国」)
マザール氏は2009年、エルサレムにある「神殿の丘」(ハラム・アル・シャリフ)南壁の基部で、古代に要塞化されていたオフェル区域の発掘を行った。その際、粘土に押された封印34個が、鉄器時代(紀元前1200~586年頃)の小さなごみ捨て場から出土。今回報告された封印もその1つだ。マザール氏によれば、王のためのパン焼き場を囲む壁の外側であり、紀元前586年に新バビロニアがエルサレムを征服した際に破壊されたという。(参考記事:「河江肖剰 新たなピラミッド像を追って ゴミの山は宝の山」)
「預言者」かどうか
封印には古代ヘブライ語の文字でイェシャヤフ(イザヤのヘブライ語名)という名前があり、次に「nvy」という文字が続いている。
「nvy」で始まる単語の末尾は欠けているため、文字の解釈は不完全かもしれないとマザール氏は記している。もともと「nvy」の後にヘブライ文字の「アレフ」があったとすれば、「預言者」という単語になるため、封印は「預言者イザヤのもの」と読むことができる。
この解釈の裏付けとしてマザール氏が挙げているのが、封印が見つかった考古学的状況だ。
2015年、オフェルの発掘で見つかった別の封印が、ヒゼキヤ王個人を示す印だと発表され、世界各国で報道された。直近の報告書によれば、預言者イザヤを指すかもしれない封印も同じ2009年に行われた発掘で見つかっており、ヒゼキヤ王の封印が出た地点から、わずか3メートルしか離れていなかった。
聖書に記された預言者と王の密接な関係、そして2つの封印の地点の近さから、マザール氏は「封印は欠損部分があり不完全だが、ヒゼキヤ王の助言者だった預言者イザヤの封印と考える余地があるだろう」と述べている。
粘土に押されたヒゼキヤ王を記す印。「イザヤ」の名がある封印と同じ発掘場所で見つかり、出土地点は3メートルしか離れていなかった。(PHOTOGRAPH BY OURIA TADMOR/EILAT MAZAR)
裏付けに課題
この解釈は魅力的かもしれないが、封印が示す人物の特定には「大きな障害」があるとマザール氏は認めている。特に、「nvy」という文字がそうだ。最後に「アレフ」がなければ、「nvy」は単なる人名(多くの場合、当人の父親)か地名(その人の出身地)となる。
米ジョージ・ワシントン大学の教授で、セム系諸語に詳しいクリストファー・ロールストン氏も、「nvy」の読み方が問題だと話す。
「2つ目の単語が肩書きの『預言者』だと確定するのに必要な、極めて重要な文字が『アレフ』です。しかし、この封印で『アレフ』は判読できないため、提示された読み方には裏付けが全く得られません」
「nvy」の解釈を厄介にしているのが、定冠詞「ハー」の欠落だとロールストン氏は指摘する。聖書の記述の大部分において「預言者」は無冠詞ではなく、英語のtheに当たる定冠詞が付いている。「つまり、これが『預言者』という単語であるならば、『預言者イザヤ』(Isaiah the prophet)にあるような『the』はないのだろうか、と私なら考えます」
マザール氏は、定冠詞がないことも封印の解釈を難しくしている一因だと認める一方、定冠詞は本当は「nvy」の上の欠損部分にあったのかもしれないし、他の考古学や文献の例から、単に省略されたのかもしれないとの可能性を示している。
封印の欠けた部分には、もともと何が書かれていたのか。研究者らは、ヘブライ文字の「バブ」と「ハー」が中段に、「アレフ」が下段にあった可能性を指摘する(図に青い字で復元)。その場合、完全な封印は「預言者イザヤのもの」と読める。(ILLUSTRATION BY OURIA TADMOR/ EILAT MAZAR)
ロールストン氏はまた、ヘブライ語の語幹「yš‘」は預言者イザヤだけでなく、聖書に出てくる20近い人物の名前に当てはまると話す。「当時、イザヤという名前の人物は何人もいましたし、語幹が全く同じ名前の人もたくさんいました」とのことだ。また、「nvy」が実は誰かの父の名の一部だとすると、預言者イザヤとは無関係であることが確実になる。聖書によれば、イザヤの父の名はアモツだからだ。
聖書で描かれる預言者イザヤは、北のイスラエル王国がアッシリアに征服され、南のユダ王国もその脅威にさらされる激動の時代に、ヒゼキヤ王に助言を与えた。ヒゼキヤ王とイザヤの両方に関わるとみられる遺物の発見について、マザール氏は「エルサレムの歴史上特殊なこの時代について明らかにできる貴重な機会だ」と結んでいる。(参考記事:「古代イスラエル、ソロモン王の銅山の証拠発見か」)
「もちろん、これが預言者イザヤの印だという推定には心ひかれます。しかし、それは決して確実なものではないのです」と、ロールストン氏は注意を促した。「何も明言はできません」
文=Kristin Romey/訳=高野夏美
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