花鳥風月について

https://pixy10.org/archives/33774940.html  【わが心は秋月に似たり】 より

「○○の秋」が満載の日本。月が秋の色、と詠ったのは西行だったか。

【身にしみて あはれ知らする 風よりも 月にぞ秋の 色は見えける】

秋の月をめでる心は日本独自のものではなく、中秋の名月といった月見の習慣は中国に由来する。最近、出会った唐の時代の漢詩。

【吾心似秋月 (吾が心秋月に似たり)  碧潭清皎潔 (碧潭清うして皎潔たり)

無物堪比倫 (物の比倫に堪うる無し)  教我如何説 (我をして如何が説かしめん)】

私の心は秋の月のよう。

水面に映った月のように清らかで輝いてる。月に例えても、今の想いをうまく表現できないなぁ。そんな感じの詩。

作者の寒山はどんな心境だったのたろう。

この時代の中国では、水面に映る月は極上の美。李白は船の上から水面の月を捕ろうとして溺死したくらい。

月が美しく見えるのは、その人の心が美しいから。月は眠りについた太陽の美しい夢。その美しさにいつでも気付けるような人生を送りたいね。


https://pixy10.org/archives/37318400.html  【月は太陽の夢である/ノヴァーリス「青い花」】  より

ロマン派詩人、ノヴァーリス(1772-1801)作の未完の小説。ヨーロッパから広がったロマン主義について詳しくは知らない。でも「ロマン」という言葉のイメージにピッタリの「青い花」。

「月がおだやかな光をはなって丘の上空にかかり、生きとし生けるものの心に奇妙な夢を思い描かせた。まるで自分も太陽のみる夢のように、この沈み込んだ夢の世界を見下ろし、無数の境界に分かれた自然を、あのおとぎ話の太古の時代へつれもどしたのだ。」P121

日本の「月」に絞って編集したため紹介しなかったけど、ノヴァーリスの「月が太陽の夢」って感覚が好き。

そして光の描き方もまた美しい。

「夜が光に触れ、光が夜に触れてこなごなに飛び散ると、いっそう微妙な影と色彩があたりにただよう。」P31

さらにはこの世界の教訓までも。

「自然というものは、だれかひとりに独占されることを好まず、いったんひとりの所有に帰したかに見えると、たちまち毒物と化してしまいます。」P108

「人間の歴史を十分に認識する感覚は、年をとってようやく身につくもので、目の前でくりひろげられるものの生々しい印象からよりも、むしろ思い出の穏やかな働きから生まれてくるものです。」P131

「愛とは、人間という謎にみちた独特の存在が、ふしぎに融け合っていくことなのだね。」P194

ノヴァーリスが執筆中に若くして亡くなってしまったため、結局、何の小説かよく分からなくてモヤモヤだけど、翻訳が良かったようで美文にたくさん出会える一冊だ。


https://pixy10.org/archives/20037793.html 【花鳥風月の来歴。杜甫の春望からはじまった?】

花鳥風月。日本の風物を表す代表的な言葉として誰もが知っている。ところで起源はどこにあるのか?

中国、唐・玄宗皇帝の時代(712~756年)、

天下の美女を選ぶために派遣した使者を「花鳥の使」と呼んだ。日本には男女の仲立ちを表す言葉として伝わり、古今和歌集(905年)の真名序では「和歌=花鳥の使い」。「好色の家には、此を以ちて花鳥の使いとなし…」でも真名序(漢文)のこの部分、仮名序(和文)では削除された。

中国と日本の花鳥感覚の差を表そうとしたのだろうか。たしかに当時の花鳥風月にあでやかさは見られない。咲き誇る花はやがて散り、満ちた月もやがてはかけるもの…日本の花鳥風月は人生の悲哀を移す情景美だったのだ。

ここでもう一度、中国を振り返ると、杜甫の「春望」が目に止まる。

【國破山河在 (国破れて山河在り)       城春草木深 (城春にして草木深し)

感時花濺涙 (時に感じては花にも涙を濺ぎ)
恨別鳥驚心 (別れを恨みては鳥にも心を驚かす)

烽火連三月 (烽火 三月に連なり)       家書抵萬金 (家書 万金に抵る)

白頭掻更短 (白頭掻けば更に短く)     渾欲不勝簪 (渾て簪に勝えざらんと欲す)】

「花鳥の使」と同じく玄宗皇帝時代の安禄山の乱(755~763年)で、国の荒廃への哀しみを花や鳥とともに詠った、超有名な漢詩。

菅原道真が和歌を漢詩に訳そうとしたぐらいだから、漢詩に詠われた想いを和歌が引き継いでいてもおかしくはない。

だから日本の花鳥風月の起源は、杜甫の春望かもしれないね。


https://pixy10.org/archives/43700374.html  【「月の顔を見るは忌むこと」の由来は白居易?】  より

雪月花や花鳥風月など日本の伝統美を表す言葉には、お決まりのように「月」を愛でる心がついてくる。でも平安末期までは月のイメージは良くなかったのでは?

「竹取物語」の引用とともに、そんな話を以前書いた。

「春の初めより、かぐや姫、月の面白う出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の『月の顔を見るは、忌むこと』と制しけれども、ともすれば、人間にも月を見ては、いみじく泣きたまふ。」(竹取物語)

月を見るのは不吉(月の顔を見るは、忌むこと)。

同じ表現は「源氏物語」にも登場していた。

「今は、入らせたまひね。月見るは忌みはべるものを。あさましく、はかなき御くだものをだに御覧じ入れねば、いかにならせたまはむ。」(宿木巻)

月がなぜ不吉なのか?

それがかいま見える在原業平の和歌(古今集879)。

【おほかたは 月をもめでじ これぞこの 積もれば人の 老いとなるもの】

月の満ち欠けが積もり積もることが老いの象徴。だから月を愛でるのはやめた方がよい、という一首。

そこで白居易の詩との関連性が指摘されているようだ。「白氏文集」第十四「贈内」より。

【漠漠闇苔新雨地    微微涼露欲秋天   莫對月明思往事    損君顏色減君年】

漠漠たる闇苔 新雨の地  微微たる涼露 秋ならんと欲する天  月明に対して 往事を思ふことなかれ   君が顔色を損じて 君が年を減ぜん

月明かりに向かって、過去を懐かしんではいけない。あなたの容色を損ない、寿命を縮めてしまうから。花鳥風月の来歴。杜甫の春望からはじまった?

そういえば日本の「花鳥」に対する感覚に、白居易と同じ唐の時代の杜甫の影響を感じられた。唐代を代表する詩人、杜甫や白居易は、平安時代の文芸に大きな影響を与えていたのだろう。

https://pixy10.org/archives/20131343.html  【花鳥風月の風は秋色】  より

その起源は憂いに満ちた心を出入りしていた「花鳥風月」。

でも安土桃山時代以降、花鳥は障壁画、蒔絵、着物に舞い降り、「花鳥の使い」が持っていた、あでやかな色合いを取り戻す。

そして今では、花鳥風月に関心を寄せれば、浮世離れした「風流な人」と羨望と嘲笑のまなざしで見つめられ、風流が度を超せば、風狂や風癲(フーテン)と称されるようになる。

「生活感がない」と称されることが多い私はおそらくこの仲間。

風格、風采、風貌、風姿などなど…人の様子に吹き抜ける風。このほか時の移ろいや世の流れ、人の噂に至るまで、風のつく言葉は数多く、日本人は格別「風」に関心を寄せてきた。

日本人にとって言葉は風に舞う「言の葉」だったわけだ。

そして花鳥風月のなかで唯一、目に見えない「風」。日本の美意識では「花(桜)」や「月」が際立っているから、「風」を見過ごしちゃったけど、ふと目にした興味深い和歌を2首。

【白妙の 袖の別れに 露おちて 身にしむ色の 秋風ぞ吹く】

【身にしみて あはれ知らする 風よりも 月にぞ秋の 色は見えける】

1首目は藤原定家(新古今和歌集1336)。

身にしみる色の秋風が吹き抜ける描写。色づいた風…

2首目は西行(山家集342)。

秋の色は風ではなく月だ、と月愛好家の西行は主張している。

当時の認識では風は秋色だったのかな。。。



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