季語が蓮の花の句

http://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/cgi-bin/g_disp.cgi?ids=20010527,20080730&tit=%98%40%82%CC%89%D4&tit2=%8BG%8C%EA%82%AA%98%40%82%CC%89%D4%82%CC 【季語が蓮の花の句】  より


黄金の蓮へ帰る野球かな

                           摂津幸彦

作者は「蓮」を「はちす」と古名で読ませている。この句に散文的な意味を求めても、無意味だろう。求めるのはイメージだ。そのイメージも、すっと目に浮かぶというようなものではない。「黄金の蓮」はともかく、句の「野球」は視覚だけでは捉えられないイメージだからだ。強いて定義するならば、全体のどの一つが欠けても、野球が野球として成立しなくなる全ての「もの」とでも言うべきか。ここには人や用具や球場の具体も含まれるし、ルールや記録の概念も含まれるし、プレーする心理や感情の揺れや、むろん身体の運動も含まれている。その「野球」の一切合切が「黄金の蓮」へと帰っていくのだ。帰っていく先は、すなわち蓮の花咲く極楽浄土。目には見えないけれど、作者は全身でそれを感じている。句作の動機は知る由もない。が、たとえば生涯に二度と見られそうもない良いゲームを見終わった後の感懐か。試合の余韻はまだ胸に熱いが、もはやゲームが終わってしまった以上、その「野球」は永遠に姿を消してしまう。死ぬのである。いままさにその「野球」の全てが香気のように立ちのぼつて、この世ならざる世界に帰っていくところだ。いまひとつ上手に解説できないのは口惜しいが、好ゲームが終わって我ら観客が帰るときに、ふっと胸中をよぎる得も言えぬ満足感を、あえて言語化した一例だと思った。『鳥屋』(1986)所収。(清水哲男)

 酔ひふしのところはここか蓮の花

                           良 寛

蓮の花で夏。「ところ」を「宿(やどり)」とする記録もある。良寛は酒が大好きだったから、酒を詠んだ歌が多い。俳句にも「ほろ酔の足もと軽し春の風」「山は花酒や酒やの杉はやし」などと詠んだ。酒に酔って寝てしまった場所というのは、ここだったか・・・・。傍らには蓮の花がみごとに咲き香っている。まるで浄土にいるような心地。「蓮の花」によって、この場合の「酔ひふし」がどこかしら救われて、心地良いものになっている。良寛は庵に親しい人を招いては酒を酌み、知人宅へ出かけては酒をよばれて、遠慮なくご機嫌になった。そんなときぶしつけによく揮毫を所望されて困惑した。断固断わったこともたびたびあったという。子どもにせがまれると快く応じたという。基本的に相手が誰であっても、酒はワリカンで飲むのを好んだ、というエピソードが伝えられている。良寛の父・以南は俳人だったが、その句に「酔臥(よひふし)の宿(やどり)はここぞ水芙蓉」があり、掲出句はどうやら父の句を踏まえていたように思われる。蓮の花の色あいの美しさ清々しさには格別な気品があり、まさに極楽浄土の象徴であると言ってもいい。上野不忍池に咲く蓮は葉も花もじつに大きくて、人の足を止めずにはおかない。きれいな月が出ていれば、用事を忘れてしゃがんでいつまでも見あげていることのあった良寛、「ここ」なる蓮の花に思わず足を止めて見入っていたのではあるまいか。今年は良寛生誕250年。『良寛全集』(1989)所収。(八木忠栄)


http://kigosai.sub.jp/archives/2168  【蓮(はす) 晩夏】

【子季語】

はちす、蓮の花、蓮華、蓮池、紅蓮、白蓮

【関連季語】

蓮の葉、蓮の浮葉、蓮の実、蓮の飯、蓮見、蓮根掘る

【解説】

仏教では涅槃の境地を象徴する神聖な花とされ、仏はこの花の上に座す。また、泥の中から伸びて美しい花を咲かせるところから、中国では聖人の花とされた。花が終わったあとの実床が蜂の巣に似ていることから「はちす」といわれ、和名の「はす」はそれを略したものである。実床の中の黒い実と地下茎(蓮根)は食用になる。

【来歴】

『花火草』(寛永13年、1636年)に所出。

【文学での言及】

勝間田の池はわれ知る蓮なししか言ふ君が鬚なき如し 作者不詳『万葉集』

蓮咲くあたりの風もかをりあひて心の水を澄ます池かな 藤原定家『夫木和歌抄』

【科学的見解】

蓮(ハス)は、スイレン科の多年生水草。原産地はインドとされ、池、沼、水田などに栽培される。葉は扁円形で径は四、五十センチ。盛夏のころ、水底の泥の中から長い花茎を伸ばし、夜明けに、紅色、淡紅色または白色の多弁の美しい花を開く。れんこんとして一般に馴染みのある根茎は、節を多く持ち、先端が肥大する。食用以外に観賞用としても多くの園芸品種が作出されている。原種の近縁種としては、キバナハスが知られている。(藤吉正明記)

【例句】

さはさはとはちすをゆする池の亀   鬼貫 「大悟物狂」

雨の矢に蓮を射る蘆戦へり  芭蕉 「伝真蹟」

蓮の香に目をかよはすや面の鼻  芭蕉 「笈日記」

鯉鮒のこの世の池や蓮の花  許六 「正風彦根躰」

蓮の香や水をはなるる茎二寸   蕪村 「蕪村句集」

戸を明けてに蓮の主かな   蕪村 「落日庵句集」

白蓮に人影さはる夜明かな  蓼太 「蓼太句集初編」

白蓮に夕雲蔭るあらしかな   白雄 「白雄句集」

蓮の花咲くや淋しき停車場  正岡子規 「子規句集」

ほのぼのと舟押し出すや蓮の中     夏目漱石 「漱石全集」

蒲の穂はなびきそめつつ蓮の花   芥川龍之介 「澄江堂句集」

舟道の桑名は蓮の花ざかり   長谷川櫂 「新年」