https://sites.google.com/site/ametutinokagami/wa/bu-dou-ma-er-futomani-yan-ling-xue-jiang-zuo 【布斗麻邇(ふとまに・言霊学)講座】 より
その七
先月の講座で淤能碁呂島(おのごろしま)の話をしました。それは「おのれの心の締まり」の意だと申しました。その淤能碁呂島についてもう少しお話してみようと思います。
「私って何でしょう。」極めて平凡な疑問のように見えて、さてその答えとなると中々難しいこととなります。今の世の中にこの疑問にはっきりと答えることが出来る人が幾人いるでしょうか。この難しい問題に対して一刀両断、ズバリと答えを出しているのが古事記の淤能碁呂島の話なのです。ふり返って考えてみましょう。
伊耶那岐の命と伊耶那美の命は天の浮橋の両端に立って、天の沼矛(ぬぼこ)を下(おろ)ろして、塩(しほ)を画きならしました。人間の主体と客体が向かい合って言葉を発声する器官である舌を使って、チイキミシリヒニの八父韻でもって、塩であるウオアエの母音を撹き廻して発声しました。すると舌から塩がしたたり落ちて島が出来ました。それがおのれの心の島だ、と言うわけです。アとワ、オとヲ、ウとウ、エとヱの四組の母音と半母音を八つの父韻で撹きまぜたのですから、ア段からは感情の現象が、オ段から経験知現象が、ウ段から欲望現象が、そしてエ段から実践智の現象がそれぞれ発現して来ます。そうしますと、それがおのれの心の締まりとなる、ことになります。人間の千変万化の出来事をそれぞれに発現した音が単位となって締め括(くく)ったことです。
このように見て来ますと、「私」とは「十七言霊で構成された心の先天構造と、その先天構造の活動によって発現して来る心の後天現象の一切」ということになりましょう。しかし、先天構造の活動によって現れ出てくる後天の現象は、現れては消え、消えては現れる出来事なのであって、実体がありません。これが私だよ、と言ってユニフォームで身を包んで、スマシ顔で立っている私も唯見るだけの現象なのです。「暑い、暑い」と言いながら、裸で団扇を使っている私も現象に過ぎません。となると、厳然として実在する私とは、言霊学が教える五次元のアオウエイの宇宙の畳(たたなわ)りが、半母音と一体となった、即ち天之御柱と国之御柱が一体となった心柱(忌柱、天之御量柱)こそが私の心の本体ということが出来ましよう。心の一切の現象、森羅万象がここより発し、終わればここに帰って来る、神道五部書にある「一心の霊台、諸神変通の本基」こそ「私」の本体なのであります。「私」というものの本体は宇宙そのものということになります。
古事記の文章を先に進めることにしましょう。
ここにその妹伊耶那美の命に問ひたましく、「汝(な)が身はいかに成れる」と問ひたまへば、答へたまはく、「吾(あ)が身は成り成りて、成り合はぬところ一処あり」とまをしたまひき。ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に刺(さ)し塞(ふた)ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまへば、伊耶那美の命答へたまはく、「しか善(よ)けむ」とまをしたまひき。……
先に矛(ほこ)という器物を人間の舌と見立てて、言葉の発声について話したかと思ったら、今度は男女の生殖作用のこととは何事か、と思う方もいらっしゃるかも知れません。人間の発声作用とか生殖活動等々は人間に与えられた生命直接の働きであります。そのため、それらの活動の内容は生命そのものの内容と同様であり、極めて類似しておりますので、一つの活動の説明として他の活動を用いる事が可能なのであります。
先に矛で塩を撹き廻して淤能碁呂島というおのれの心の区分の島を生みました。自分の心を言葉という島で区分したわけです。この言葉を生むことを再びむし返して、言葉の創生を今度は伊耶那岐と伊耶那美の間の生殖活動として説明しようとするのであります。
岐の命は美の命に尋ねます。「貴方の体はどうなっていますか。」美の命が答えます。「私の身体は一処成り合わぬ処があります。」岐の命が言います。「我が身には一処成り余れるところがあります。ですから私の身の成り余る処を、貴方の成り合わぬ処に刺しふさいで、国土(くに)を生みましょう。」美の命は「それは善いことですね」と答えました。岐と美の命は以上の身体の生殖器能になぞらえて、言葉の創造作業を説明するのです。今度は単純に岐の命は男性として父韻の、美の命は女性として母音の役目を演じるのであります。
美の命の「成り成りて成り合わぬところ」とは母音のことです。母音アを息の続く限り発声してみて下さい。ア……と何処まで行ってもアが続いて終わることがありません。成り合わぬ、と表現しました。それに対し岐の命の「成り成りて成り余れるところ」とは父韻のことです。チの音を長く引っ張ってみて下さい。チ―イ、と成り余ります。「成り余れる処を、成り合はぬ処に刺し塞ぎて」とは父韻を母音の上から蓋をするように刺して、ということで、チでアを塞ぐとチアで「タ」となります。キオで「コ」となります。国土生みなさむとは、国とは組(く)んで似(に)せる、で音を組むことによって一つの意味を持ったものに造り上げることであります。このようにして言葉を造ることを細かく説明したわけであります。そしてかかる作業が言霊学全体から見るとどういう事になるか、が次に説明されます。古事記を先に進めます。
ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「然らば吾(あ)と汝(な)と、この天の御柱を行き廻り逢ひて、美斗(みと)の麻具波比(まぐはひ)せむ」とのりたまひき。かく期(ちぎ)りて、すなはち詔(の)りたまひしく、「汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ」とのりたまひて、約(ちぎ)り竟えて廻りたまふ時に、……
この場合は天の御柱と国の御柱が一つになった立場で物申されておりますので、岐美の両命は一つの行為をすることになります。その場合二命は天の御柱を廻る一つの行為の八つの父韻を双方で受け持つこととなります(図参照)。そうなりますと、夫である岐の命は八父韻の陽韻であるチキヒシの四韻を、妻である美の命は陰韻であるイミニリの四韻を受け持つこととなります。美斗(みと)の麻具波比(まぐはひ)とは今で謂う結婚のことです。日本書紀には「遘合爲夫婦(みとのまぐはひ)」「交(とつぎ)の道」とあります。遘合は交合のこと、夫婦のまじわりのことです。交(とつぎ)とは十作(とつぎ)で、イ・チキシヒミリイニ・ヰの創造行為を表わします。「右(みぎ)」とは「身切(みき)り」で陰、「左(ひだり)」は霊足(ひた)りで陽を表わします。古事記の文章を先に進めます。
伊耶那美の命まづ「あなにやし、えをとこを」とのりたまひ、後に伊耶那岐の命「あなにやし、え娘子(をとめ)を」とのりたなひき。おのもおのものりたまひ竟えて後に、その妹に告りたまひしく、「女人(をみな)先だち言へるはふさはず」とのりたまひき。然れども隠処(くみど)に興して子(みこ)水蛭子(ひるこ)を生みたまひき。この子は葦船に入れて流し去(や)りつ。次に淡島(あはしま)を生みたまひき。こも子の数に入らず。
美の命が先ず「何といい男だこと」と言い、後に岐の命が「何といい娘子(をとめ)だなあ」と言いました。二命がおのおの言葉を言いおえて、岐の命はその妻美の命に「女人(をみな)の方が先に言ったのは適当ではない」と言いました。何故適当ではないのか。女人である母音を先に言い、後から男人(をとこ)である父韻を言い足しても言葉は生まれて来ません。父韻であるkに母音aが付くからkaカの音が生まれます。けれど母音aを先に、後に父韻kを付けてもakでは音になりません。また人間の社会に於ても、或る事に対処して解決を計らねばならぬ時に、その社会の実相を直視しようとせず、自らの心の安心のみを求めていたのでは、社会は改善されることはありません。人間の欲望ばかりはびこるこの二・三千年間、自らの心の安心を求める宗教は何一つ世界の歴史上の精神的改善を成し遂げ得なかったことは歴然たる事実でありましょう。「然れども」と古事記にはあります。事実そうではあるけれど、世の中の長い歴史の流れの中には、そのような矛盾も多々あることであるから(然れども)、このことも書き入れて置きましょう、ということであります。隠処(くみど)に興(おこ)して、の隠処とは組み処の意。頭脳内の言葉が組まれる処の意。心の先天構造内は五官感覚の及び得ない処なので、隠れる処と書いたわけであります。子水蛭子を生みたまひき。蛭には骨がありません。霊音である八つの父韻を欠くことから霊流子(ひるこ)とも書くことができます。共に事に対処するに当たって時の推移、空間の変化を計る八父韻が欠如しているので、物事の時所位を定めることが出来ず、文明の創造に当たって無力であります。
この子は葦船に入れて流し去りつ。この水蛭子(ひるこ)は葦船に入れて全世界に流してやった、とあります。どういう事なのでしょうか。岐の命と美の命が交合して子を生むに当り、美の命が岐の命より先立って声をかけました。即ち母音を先にし、父韻を後にしました。母音アを先にし父韻チを後にしますとatで音になりません。現象としての実相が現れません。そうと知り乍ら子を生み、水蛭子が出来ました。長い皇祖皇宗の御経綸の歴史の中でも、そういうことは起こり得ることである、ということで、岐美二命の本当の子ではないけれど、歴史の世界に流しやった、というわけであります。実相を生む八父韻を無視して、母音である人間の本体である空相のみを追及するもの、それは宗教であります。ここ三千年、物質科学文明時代に於て戦乱相次ぎ、人々は明日の生命も知れない時、宗教は人々の生きる希望を支えてきました。
そういう事もあろうという訳で、水蛭子を葦船に乗せて世界中に流布したのであります。葦船とは言霊学でいう天津太祝詞音図のことであります(図参照)。皇祖皇宗が人類文明を創造する基本原理を天津太祝詞五十音図といいます。その音図は母音が縦にアイエオウと並び、横のア段はア・タカマハラナヤサ・ワ、イ段はイ・チキミヒリニイシ・ヰと連なります。図をご覧下さい。葦船の葦は音図のアとシを結んだものです。ア段はスメラミコトの座であり、イ段は経綸の基本原理の父韻の並びを表わします。そこでアとシを結んで、アシは単的に経綸を指します。宗教も実際の子ではないが、役に立つ事もあると認めて、葦の船に乗せたということです。言葉は人の心を乗せて運びます。そこで人の心を運ぶものとして船を用いるのです。
宗教が水蛭子であることを弾劾(だんがい)した有名な事件があります。今から約八百年余以前、執権北条時宗の時代、元冠の時、法華経を奉ずる日蓮は時の仏教各派を「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と罵(ののし)り、「法華経のみ国難を救うと叫んで、その時までの仏教が内にのみ拘泥して、外を見ない態度を打破しようとしました。その傾向は仏教の中で今でも続いているようであります。
次に淡島をうみたまひき。こも子の数に入らず。淡島の淡はアワの意であります。この講座の先の方でお話しましたように、アとワ、主体と客体が対立することから始まる人の物の考え方のことです。人の認識作業は、先ず言霊ウから始まり、次にアとワ、主体と客体に分かれ(宇宙剖判)、更にオエ、ヲヱ……と剖判します。このような言霊学が示す道理を通った認識は実相を直視することが出来ますが、何時の時からか、人類は言霊ウの存在を無視して、物事をアとワに分かれた処から思考が始まると思い、自らの経験知識による判断を行うようになりました。かかる認識作業を淡島と呼びます。判断の土台として各自の認識の概念を設定しますので、その思考は論争を招くこととなります。言霊学の正式の子にはなり得ません。
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