「アンジェス」創業者 大阪大学大学院寄附講座教授 森下 竜一氏 「国産ワクチン」開発・製造は国の危機管理

https://facta.co.jp/article/202006001.html  【「アンジェス」創業者 大阪大学大学院寄附講座教授 森下 竜一氏「国産ワクチン」開発・製造は国の危機管理】  より

森下 竜一氏(もりした りゅういち)

「アンジェス」創業者 大阪大学大学院寄附講座教授

1962年生まれ。阪大医学部卒。2002年自ら創業したバイオベンチャー「アンジェス」を上場。阪大大学院遺伝子治療学教授を経て、内閣官房健康・医療戦略室参与、前内閣府規制改革推進会議委員。

――21世紀に入り未知のウイルスの来襲が多発しています。

森下 今世紀は「感染症災害の時代」と覚悟すべきです。特に異形の大国・中国が隣にある日本は危険です。インバウンドや物流チェーンの存在を含め、日本は常に、中国からの感染症リスクに晒されています。

今回の教訓を踏まえ、パンデミックに備える体制を作るべきです。一つは、未知のウイルスに対する迅速なワクチン製造体制の構築です。今、我々が取り組んでいるような「DNAワクチン(*)」の開発を促し、国内のみで迅速に製造できるサプライチェーンを築かなければなりません。二つ目は、防護服やN95マスクなど医療用資材の国内製造部門を維持し、緊急時の増産体制を確保すること。中国と近接しながら感染防御に成功した台湾の緊急時対応に学ぶべきです。

――ワクチン開発競争は、米中の覇権争いと化しています。

森下 世界で70ものワクチン開発が立ち上がり、鮮明になったことは「国産ワクチン」を持たない限り、パンデミックを防げないということです。国内備蓄だけでなく、未知のウイルスに備える自前のワクチン開発体制を整備する必要がある。私は新型コロナの国内蔓延を阻止する緊急対策としてDNAワクチンの開発と、これを用いた抗血清製剤の製造を提案しています。

――米中は治験を始めました。

森下 我々の大阪大学とアンジェスが共同で開発を進める「DNAワクチン」も動物実験が順調に進み、7月に小規模な人への試験を開始する予定です。9月には実用化に向けた数百人規模の臨床治験を用意しています。製造体制も既に年内に20万人分の製造を準備しており、実用化に向けたスケジュールの前倒しも計画しています。

――先端テクノロジーのDNAワクチンは理論的には可能だが、実用化された例はありません。

森下 従来のSARSやエボラ出血熱など、大規模な実用化試験を行う前に収束したため、試験自体が行われていないためです。感染制御に十分な抗体ができるか、臨床治験の結果を見ないとわかりませんが、アジュバント(補助剤)の改良など第2世代のDNAワクチンにも着手しており、二の矢、三の矢で有効性を改良していく予定です。

――我が国は「国産ワクチン」は、国家の危機管理という認識が不足していませんか。

森下 米国ではワクチン製造に軍が多額の予算を出し、バイオテロ対策を重視しています。我が国も国防上の観点から国産ワクチンを位置付けるべきです。

――政府は「国産ワクチン」支援の倍以上の資金を、海外のワクチン開発に投じています。

森下 コロナ禍で死者が続出する各国が個別防衛に走るのは当然です。米欧でワクチン開発に成功しても日本に供給される保証はない。自前のワクチン製造は絶対に必要であり、国家予算を国内支援に振り向けるべきです。またワクチンの効果が明らかになってから製造に乗り出すのでは遅すぎる。ビル・ゲイツが指摘するように、効果の有無にかかわらず必要なワクチン供給数を明確にして製造費用を保証する必要がある。政府の保証なくして、かかるリスクを負える民間はありませんから。

(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)


https://toyokeizai.net/articles/-/335256 【日本発「コロナワクチン」開発は成功するか

阪大・森下教授とアンジェスコンビの成否】  より

新型コロナウイルスの治療に一筋の光明となるのか。

大阪大学大学院医学系研究科の森下竜一教授と阪大発バイオベンチャーのアンジェスは3月5日、新型コロナウイルスの予防用ワクチンなどで共同開発に乗り出すと発表した。

森下教授はアンジェスの創業者。不可分の仲の両者が手を携えて難問に挑む。ワクチンの製造は、必要となる製造技術・設備を持ち、受託生産で世界的に定評のあるタカラバイオが担う。

ウイルスの遺伝子情報を患者に注入

阪大の森下教授、アンジェスの山田英社長、タカラバイオの峰野純一取締役専務執行役員の3人が出席した緊急記者会見場には、多数の記者が押しかけ、新型コロナウイルスへの関心の高さをうかがわせた。

予防用ワクチン開発のキーワードはデオキシリボ核酸(DNA)だ。DNAは遺伝子の本体であり、「体の設計図」と呼ばれる。この遺伝子情報に基づいて細胞や器官などが作られ、生物や個体の特徴も決まる。

通常のワクチンは、ウイルスを鶏卵などで培養して不活性化し、患者に接種するが、今回開発するワクチンは、ウイルスの表面に現れる、感染に関係する「スパイクたんぱく質遺伝子」を作り出すように設計された「プラスミドDNA」(環状DNA)を使う。ウイルス本体ではなく、ウイルスの遺伝子情報を患者に注入すると言えば、普通の人にもイメージがつかみやすいかもしれない。

注射でDNAワクチンが体内に入ると、体内で抗体(免疫)ができる。そうすれば、新型コロナウイルスが入ってきても免疫が働いて感染を防ぐことができる。

通常のワクチンは病原体(ウイルス)を使用するため、開発、製造、治療の各段階で一定の感染リスクは避けられないが、DNAワクチンではウイルスそのものではなく、遺伝子の設計図を使うため、感染の心配がない。さらに、大腸菌で大量培養できるため製造コストが安く、製造に要する期間も通常ワクチンに比べ短くて済む。通常のワクチンは製造・供給までに5~7カ月かかるが、プラスミドDNAを使うと2カ月程度で済むと森下教授は説明する。

安全性についても「格段の問題は想定できない」(森下教授)。アンジェスの海外パートナーが行ったDNAワクチン開発(治験)では、1400人以上の被験者に特段の問題は見られなかったというのだ。

阪大とアンジェスは予防用のDNAワクチンだけでなく、このワクチンを馬に接種して作る抗血清製剤の開発も同時に進めるという。原理は予防用ワクチンと同じだが、違いは予防用でなく、罹患(りかん)した患者の緊急治療用などを想定する点だ。

臨床試験入りまでに最低でも半年間

よいことずくめの開発法に見えるが、この製造法で作られたワクチンはまだ世に出ていない。製造期間が短くても、まずはマウスや猿などを使い、安全性を確認するための動物実験が必要で、その後行われる人間に対する有効性と安全性を確かめる臨床試験(治験)に入るまでには、最低でも「半年はかかる」(森下教授)。

エボラ出血熱や鳥インフルエンザでワクチンの開発に着手した例はあるが、治験に入る前に感染が終息。治験に必要な患者が集まらず、治験を断念した経緯がある。

今回も同じことが起きる可能性は否定できないが、それでも開発に挑む価値はある。運よく治験に持ち込み、承認を得られれば、コロナウイルスの変異ウイルスが突発的に広まった場合の、有効な予防策や治療薬を用意できる。しかも今回は「日本発」のウイルス薬だ。

阪大発のバイオベンチャーであるアンジェスは、2019年に日本メーカー初となる遺伝子治療薬の承認・販売にこぎ着けた。1999年の設立から20年後の成功談が注目されたが、この遺伝子治療薬はアメリカなどの治験プロセスでいったん取り下げ、開発中止に追いこまれたいきさつがある。

アンジェスは過去に幾度となく市場から資金を調達。今回の共同開発を発表する直前である2月17日にも、第三者割当の新株予約権発行による90億円超の調達計画を発表したばかり。

遺伝子治療やDNAワクチンなどの知見を内外で推し進め、ゲノム編集に強いアメリカのバイオベンチャー・エメンド・バイオセラピューティクス社に50億円超を出資、持ち分会社にする予定だ。こうした拡張ぶりに業界関係者からは「戦線の広げすぎ」との懸念も聞かれる。

2月17日に新株予約権の募集を発表した後、株価は一時400円割れまで下落したが、共同開発の発表を受けて株価は600円近くまで戻り、市場はとりあえず今回の発表を評価した格好だ。

オールジャパンで開発を進められるか

今回のDNAワクチンで利用するプラスミドDNAは、アンジェスが長年培ってきた技術だが、世界初の承認を目指してDNAワクチン開発をやり切ることができるかという点で、一抹の不安はつきまとう。

コロナショックに直面した企業の最新動向を東洋経済記者がリポート。上の画像をクリックすると特集一覧にジャンプします

開発費は、動物実験だけでも数億円はかかり、森下教授らは「オールジャパンで開発を進めたい」と大手製薬会社や大学などにも共同開発への参加を呼びかけている。しかし、製薬大手に比べると資金力や経営体力で見劣りするアンジェスなどベンチャー企業にとって開発の負担は軽くなく、途中で開発中断を余儀なくされるリスクは小さくない。

今後は日本医療研究開発機構(AMED)などを活用した研究資金の支援、治験の迅速化など、国による実効的なウイルス薬の開発支援が求められる。世界に先駆けて日本発のDNAワクチン開発が成功すれば、将来、新型感染症が発生したときの備えにもなる。

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