一般に信じられている集団免疫理論はどこがおかしいのか免疫の宮坂先生に尋ねてみました

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200516-00178807/?fbclid=IwAR3TTVq2ZYP2RG74ezXJXS3kPPuA1nOLIus_o6W7ZByHiwIfq1Y75TWJhgk

【一般に信じられている集団免疫理論はどこがおかしいのか免疫の宮坂先生に尋ねてみました(上)】木村正人 | 在英国際ジャーナリスト 5/16(土) 

[ロンドン発]感染症数理モデルは集団免疫理論に基づいています。しかし新型コロナウイルスに感染して抗体を持つ人が一定程度、増えれば、そうした人たちが壁になって流行は本当に終息に向かうのでしょうか。

テレビでもすっかりお馴染みになった免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授にテレビ電話を通じて質問してみました。

木村:加藤勝信厚生労働相が15日、献血された血液で新型コロナウイルスの抗体を調べたところ陽性率は東京都の500検体で0.6%、東北6県の500検体では0.4%だったと明らかにしました。

大規模抗体調査を来月から実施するそうですが、どんな意味を持つのでしょう。

宮坂氏:使われたキットがどこのものか公表されていません。抗体検査キットの中には精度も感度も悪いものがあります。今回の陽性率はかなり低く出ており、解釈が難しいと思います。

最近出た論文では14種類の抗体検査キットを調べた結果、満足に使えるのは3つだけでした。つまり抗体検査キットは今の段階では精度も感度も非常に悪い。陽性率が高く出てしまうキットは新型コロナウイルスだけでなく鼻風邪コロナも引っ掛けてしまう。

陽性率が低く出過ぎるのは感度が悪いのと、新型コロナウイルスの場合は免疫のでき方が非常に悪いことが関係しています。抗体がなかなか上がって来ないし、量も少ない。

これまでに出た論文で抗体のでき方と病気の重症率が調べられています。もし、良い抗体(善玉抗体)だけがつくられていれば、抗体の出現、増加とともに重症化率は下がらないといけないはず。

ところがこの病気では多くのケースで抗体の量が増えているのに重症化率も上がっています。一方、抗体の量が少ないのは軽症の人たちです。

抗体の中には少なくとも3種類のものがあります。善玉抗体と悪玉抗体と役なし抗体です。SARS(重症急性呼吸器症候群)や MERS(中東呼吸器症候群)では善玉抗体とともに悪玉抗体ができることが報告されています。

ネコのコロナウイルスのワクチンでは開発途中に悪玉抗体ができて病気が悪くなったという例もあります。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の場合には全てできる抗体が役なし抗体で、抗体がいくらできてもウイルスを殺してくれません。

こういう役なし抗体も新型コロナウイルスではできています。ですから単に抗体の量だけを見ても、本当にどの程度、正しい免疫ができたのか、よく分かりません。

じゃあ善玉抗体だけ測ればいいじゃないかという方法があります。

中和抗体測定法がそれです。試験管の中で培養細胞にウイルスをかける時にそこに抗体を共存させたならばどのぐらい感染が抑制されるか、ウイルスの感染度を中和する能力を調べる検査があります。

この測定法はバイオセーフティーレベル3のところでないとできません。培養細胞を持っていてウイルスを培養しているところでしかできません。普通の検査機関ではできません。

普通の検査機関では単にウイルスと結合する抗体の量だけを測っています。新型コロナウイルスの場合は3種類全ての抗体ができているのではないかとみられています。抗体検査キットにはそういう問題があります。

抗体の量だけ測って、機能は測っていません。

HIVの場合は抗体をつくることができても役なし抗体ばかりなので、ワクチンはまだできていません。新型コロナウイルスでも、こういうことが起こり得ます。

今まで見ているところでは、新型コロナウイルスは抗体のつくり方が弱くて、タイミングも遅い。抗体だけ測っていて良いのかということになってきます。

抗体検査による陽性率は、誰が測定するのか、サンプルの保存の仕方にもよります。PCR検査の陽性率から見ると、東京では10%を切っています(筆者注:累計で東京9.5%、日本全国6.9%)。

あれほどPCR検査を実施しているドイツで陽性率は6%ぐらい(筆者注:5.6%)です。100人で6人ぐらいです。このことを考えると、おそらく東京でも感染者は100人に数人かそれ以下でしょう。

ただし、抗体で見るともう少し高く出てくる可能性はあります。というのは、今の抗体検査キットでは鼻風邪コロナも引っ掛けてきてしまう可能性があるからです。どうも、出てくる数字はあまり信用できなさそうです。

一方、つい最近スイスのロシュが出した抗体検査キットは感度99%です。精度も高いので、そういうのを使うと、今の社会で何%ぐらい感染したのかが分かると思います。

フランスで調べたら4.4%しか感染していなかった、最も感染が広がっていたパリでも9~10%だったというパスツール研究所の報告が出ています。スペインでも5%だったそうです。

どの抗体検査キットを使ったのか、感度がどのくらいなのかという問題はありますが、メディアはわずか数%しか感染していなかった、やはりこのウイルスは集団免疫をつくりにくいんだという論調でした。

どうも、このウイルスは免疫を起こす力が非常に弱いし、起こっても遅い。抗体だけを見ていると、判断が非常につきにくい。

今まで集団免疫は、獲得免疫の、しかも抗体というパラメーターだけを見て判断していましたが、私は、それは間違っているのではないかと思っています。

ウイルスに対するからだの防御というのは、獲得免疫だけが規定しているのではなくて、われわれの免疫は自然免疫と獲得免疫の2段構えになっています。

自然免疫が強かったら獲得免疫が働かなくたってウイルスを撃退できる可能性があります。

自然免疫だけでウイルスを撃退することもあるから、抗体の量や陽性率だけを見ていても集団免疫ができているかは判断できない可能性があります。今回はそういうことが起きているのかもしれません。

木村:人間と家畜を比べるのはふさわしくないのかも分かりませんが、恐ろしいのは口蹄疫の教訓です。

英国では新型コロナウイルス対策の感染症数理モデルをつくるインペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授のモデルに基づき、口蹄疫対策で650万頭もの家畜が殺処分にされました。

口蹄疫ウイルスも変異を繰り返しており、ワクチンは万全ではありません。新型コロナウイルスの致死率はそれほど高くはないものの、経済的・社会的・政治的コストは計り知れません。

悪夢のシナリオに備えなければならないように思えるのですが。

宮坂氏:問題は、集団免疫に対する考え方です。これは「特定の集団の何割が免疫を得たら感染流行が収まるか」を計算するものであって、もし免疫がなかったら何割死亡するのかということを示すものではありません。

そこが間違って使われていると私は思います。

新型コロナでは基本再生産数(Ro)が2.5だとすると、集団免疫閾値は(1-1/2.5)x100 = 60%となり、6割の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要であることが示唆されます。

ただし注意すべきなのは、この場合、一般的には「免疫」とは抗体ができることを指していて、「獲得免疫」のことであるというのが暗黙の了解となっています。

しかし、個体レベルではウイルスに対する防御は2段構えであって、自然免疫と獲得免疫がウイルス排除に関与します。

もし自然免疫がうまく働けば、少数のウイルス粒子が侵入してきても自然免疫だけでウイルスを排除できる可能性があります。つまり獲得免疫が働かなくてもウイルスは排除できる可能性があります。

実際、最近の研究結果から、自然免疫はさまざまな刺激によって訓練され、強化されることがわかっています。

例えば、結核ワクチンであるBCGは結核菌に対する免疫だけでなく、一般的な細菌やウイルスに対する反応能力を上げることが指摘されていて、その作用機序として、BCGが自然免疫を強化・訓練することが示唆されています。

その可能性を示すものとして、オランダの研究グループがBCG接種後に生ワクチンである黄熱病ワクチンを投与してその後に出現する一過性ウイルス血症の頻度を調べています。

BCG接種により(獲得免疫の関与なしに)ウイルス血症の出現率が有意に下がったことが示され、自然免疫が訓練・強化されていると、獲得免疫が働かなくともウイルスに対する生体防御が起こることが示唆されています。

つまり、集団免疫のことを語る際には、獲得免疫のことだけではなくて、個人レベルで働く自然免疫と獲得免疫の両方を考慮に入れる必要があると思われます。

新型コロナウイルスの場合、上に述べたように「6割程度の人が免疫を保持することが流行を止めるために必要である」と信じられていますが、実際にそうなっているでしょうか?

例えばこれまで激しい流行があった中国湖北省武漢市でも、またクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも感染した人は全体の2割程度でした。集団の6割も感染をするようなことは観察されていないのです。

その理由は大きな流行が始まると、人は隔離措置をとり、接触制限をするようになるからで、それとともに上記の基本再生産数が小さくなるのです(これを実効再生産数と言います)。

接触制限によってR値が1.2まで下がると、上記の公式で集団免疫閾値は20%以下(筆者注:16.7%)となります。これが、実際に武漢市やダイヤモンド・プリンセスで起きていたことではないかと私は考えています。

つまり、一部の人たちは自然免疫と獲得免疫の両方を使って不顕性感染の形でウイルスを撃退したのかもしれませんが、かなりの人たちは自然免疫だけを使ってウイルスを撃退した可能性があるのかもしれないということです。

多くの人は感染が成立する前にウイルスを撃退したという可能性です。

これについては感度、精度の高い抗体測定キットが出てきて、何割の人が本当に抗体を獲得したか(感染したのか)が分かるようになると、この考え方が妥当であるか、判断できることになるでしょう。

次に、この集団免疫の考え方を援用して言われてきたのが「われわれはこのウイルスに対して免疫を持たないので、無防備の状態で感染が広がると集団の中の60%ぐらいの人たちが感染するであろう」ということです。

実際、イギリスのファーガソン教授もスウェーデンの疫学者アンデシュ・テグネル氏も、さらには厚生労働省クラスター対策班の北海道大学大学院、西浦博教授もこの数字を挙げていました。

しかし、私はこの仮定は違うと思います。前述したように、このようなことは武漢市でもダイヤモンド・プリンセスでも起こってはいません。これはスペインでもイタリアでも起きていません。

大きな感染症の時には人は必ず都市封鎖などの強い交通制限策をとるので、感染は抑制され、これとともに実効再生産数が下がるからです。そして予想よりもずっと低い集団免疫閾値に落ち着くのです。

特にこのウイルスが起こす免疫はあまり高くなく、持続も短いようなので、免疫学者の目から見る限り、集団の60%もが免疫を獲得するような状況は、余程良いワクチンが出てこない限り起こり得ないでしょう。

ウイルスに出会わなかった可能性は否定できません。しかし都市封鎖や社会的距離が導入される前からウイルスは広がっています。

それでもファーガソン教授や西浦教授が言っているような何も対策をとらなければ集団の6割が感染してしまうというような状況は起こっていません。

私は西浦教授の理論自体は正しいと思っているのですが、「このウイルスは何も対策を立てないと人口の6割が感染して何十万もの人が死ぬかもしれない」という前提は間違っていると思います。

どちらが正しいかどうかは良い抗体検査キットが出てくると、本当に感染した人が2割だけだったのか分かります。

集団免疫を獲得すればこの感染症を克服できるとファーガソン教授が言ったのは結局、間違っていたと私は考えています。それを示すことに、スウェーデンは外出制限を厳しくせずに北欧の中で断トツに多い人口100万人当たり361人の死者を出してしまいました。

【人口100万人当たりの死者数】

ノルウェー 43人

フィンランド 53人

デンマーク 93人

スウェーデン 361人

集団免疫閾値はこの新型コロナウイルスの場合、60%は成立しない。たぶん良くて20%だと思います。2割だったら今後ワクチンができてくると確実にそこは到達できると思います。

ナチュラルな状況で人が感染して治るという状況だと、おそらく毎年、このウイルスにお付き合いすることになると思います。

宮坂昌之氏

1947年長野県生まれ、京都大学医学部卒業、オーストラリア国立大学博士課程修了、スイス・バーゼル免疫学研究所、東京都臨床医学総合研究所、1994年大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター臓器制御学研究部教授、医学系研究科教授、生命機能研究科兼任教授、免疫学フロンティア研究センター兼任教授。2007~08年日本免疫学会長。現在は免疫学フロンティア研究センター招へい教授。新著『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』(講談社)。


https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200517-00178891/  【新型コロナと子供の川崎病や血栓症の関係について免疫の宮坂先生に尋ねてみました(下)】木村正人 | 在英国際ジャーナリスト  5/17(日)  より

新型コロナウイルスに感染して治療を受ける患者(ベルギー)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]欧州やアメリカで新型コロナウイルスに感染した子供の中に、全身の血管に炎症が起きていろいろな症状が出る「川崎病」に似た症例が相次いでいます。

どうしてなのか、テレビでもすっかりお馴染みになった免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授に引き続きテレビ電話で質問してみました。

木村:新型コロナウイルスは変異を繰り返し、地域適合したり、適者生存したりしているのでしょうか。平均で14日ごとに変異を繰り返している(日本の国立感染症研究所)と考えていいのでしょうか。

宮坂氏:新型コロナウイルスは変異を続けていますが、他のRNAウイルスに比べると変異の度合いは少ないようです。

それでも変異後、地域適合をしていることは確かで、これが宿主とのマッチングの問題なのか、適者生存なのかは今後の解析が必要だと思います。

木村:中国・浙江大学医学院の李蘭娟教授らの査読前論文では、変異株でウイルス量の増え方が270倍も違ったことが報告されています。

深刻な被害を広げた欧州や米ニューヨークで流行っている新型コロナウイルスと日本で流行っているのとでは別物と見た方が良いのでしょうか。

宮坂氏:In vitro(イン・ビトロ、「試験管内での」という意味)の感染試験の結果は注意してみないといけないようです。李蘭娟教授らのウイルス量の増え方が270倍も違ったという報告に再現性があるのかは分かっていません。

今のところ、生体レベルで見る限り、病原性が大きく変わったものが出てきているという確たるエビデンスはないように思います。

木村:世界各地の報道を見ていると病態が微妙に異なっているように感じることがあります。

例えばニューヨークの医師は高山病や一酸化炭素中毒のように自覚症状がないまま血中酸素濃度が急落していると報告しています。イタリアでは「死因は肺炎ではなく超微細な静脈血栓」と言う医師もいるそうです。

アメリカや欧州で重症化した子供たちに非定型の川崎病のような症状が見られるとのことです。

イギリスでは大人の患者に過炎症またはサイトカインストーム症候群(免疫系の暴走による過剰炎症)、マクロファージ活性化症候群、血球貪食性リンパ組織球症が見られると言われています。

宮坂氏:確かに多彩な症状を引き起こすウイルスです。一つの病気の中でウイルスがどこに感染するか、血管の内皮細胞に感染する人は血栓系がどうしても大きくなってきます。

スライドを用意したので、まず真ん中の大きな流れから見ていきましょう。

(1)重症化する人はウイルスに曝露する量が多い。医療従事者で直接浴びたとか、偶発的に非常にたくさんのウイルスを浴びてしまう人がいます。そうした人は重症化しやすくなる。

喫煙歴がある、過去にウイルス感染がある、炎症を起こしていたというケースでは肺にACE2(新型コロナウイルスのレセプターになる酵素)の発現が上がってしまいます。こういうことが重症化のもとにあると思います。

循環器疾患や糖尿病など持病のある人は重症化率が高い。

(2)普通はウイルスが体内の宿主細胞に感染すると、インターフェロンがつくられます。ウイルス感染を抑える1型インターフェロン(抗ウイルス系のサイトカイン)です。

どうも新型コロナウイルスはインターフェロンのシグナル伝達に必要なSTAT1タンパク質のリン酸化が阻害され、ウイルスが入ってきてもインターフェロンがうまくつくられないようになります。

(3)それが原因となってさまざまなサイトカイン(免疫系を機能させる情報伝達物質)やケモカイン(サイトカインの一群)が制御できない形でどんどんつくられてしまいます。

(4)それが肺で起こると血液から肺に単球やマクロファージ(いずれも白血球の一種)が集まってきます。サイトカインやケモカインが単球やマクロファージを呼び寄せるのです。

(5)多数の炎症性サイトカインが大量に生み出されます。

(7)そしていろんな臓器で炎症が起きます。特に、既に炎症細胞浸潤が存在する臓器で炎症が増強されます。

肥満の場合、脂肪組織に炎症細胞がたくさんあります。動脈硬化は動脈の壁に炎症細胞があります。糖尿病は膵臓の組織に炎症細胞があります。慢性閉塞性肺疾患では肺の中に炎症細胞浸潤が起きています。

こういうところに大量にサイトカインが流れ込んでいきます。サイトカインは炎症細胞をさらに活性化させてしまいます。だからもともと炎症細胞が浸潤している臓器では特に炎症が強く起きます。

持病を持っている人がどうして重症化するかと言うと、すでに前もって炎症細胞浸潤が起こっている。そこにサイトカインがやって来て、さらに炎症を起こせと言われるので、二進も三進もいかない状況になります。

(8)それが免疫細胞に働くと疲弊と機能不全が起こります。

(9)それが肝臓や腎臓などの種々の臓器で起こると、多臓器不全になります。

これがたぶんサイトカインストームが起きる一番大きな流れです。ウイルスが宿主細胞のインターフェロン依存症シグナル経路を遮断してしまう。これがどうも原因としてかなり強いと考えられています。

次に薄い水色で示した右の流れを見てみましょう。

人によっては血管内皮細胞にウイルスレセプターであるACE2がかなり出ている人もいて、ウイルスが血液中に入った時に内皮細胞に感染します。血管内腔で炎症が起きます。活性化されると、そこに血小板がくっつきやすくなります。血栓ができやすくなります。

血小板自身が炎症性サイトカインの働きを受けると、血小板は凝集を起こしやすくなります。血小板の方もペタペタになってくっつきやすくなります。血管内皮細胞の方も活性化を受けて血小板がくっつきやすくなります。

両方がうまく働くものですから、体内のそこら中で血栓ができます。どの血管が感染したかということによって、小さな血管が感染すれば川崎病のような血管炎が起きるでしょう。脳の血管でそういうことが起これば脳動脈の閉塞が起こります。

木村:炎症性サイトカインを“アクセル”に例えるなら、“ブレーキ役”の抗炎症性サイトカインもあります。抗炎症性サイトカインはどうしているのでしょう。

宮坂氏:(5)から(7)にかけてですが、抗炎症性サイトカインのIL-10もたくさんつくられています。

炎症性サイトカインが大量につくられるので、ブレーキをかけなければと抗炎症性サイトカインもたくさんつくられますが、量的に足りないのだと思います。ブレーキが効かない状態になっています。

木村:抗体がつくられても重症化がひどくなるのはどうしてなのでしょう。

宮坂氏:悪玉抗体は抗体依存性感染増強現象(ADE)を起こしてしまいます。抗体はY字型をしています。Y字のしっぽの部分をFc領域と言います。

抗体と抗原がひっつきます。悪玉抗体の場合、抗体のFc領域がマクロファージに非常にひっつきやすい。マクロファージの表面にはFcレセプターがあって、Fc領域を捕まえる分子が出ています。

したがって抗原(=ウイルス)は抗体と結合したままマクロファージの中に取り込まれます。

マクロファージは普段なら殺菌性物質をつくっているのでウイルスが死ぬはずなのですが、殺菌性が弱いとマクロファージの中で逆にウイルスが増えて放出され、さらに感染が広がってしまうのです。

抗体もウイルスとともにマクロファージの中に取り込まれるのですが、それで血中の抗体が減るかどうかは分かりません。マクロファージの中に抗体と結合した抗原が取り込まれることで逆にマクロファージが感染するのです。

T細胞(リンパ球の一種)でも同じことが起こります。T細胞が活性化されるとT細胞の上にもFcレセプターが出ていて、ウイルスと抗体が結合したままT細胞の中に取り込まれ、T細胞も感染するという論文が中国からも出ています。

これが(8)の免疫細胞の疲弊につながります。当然それによってT細胞が死んでT細胞の数が減ります。

どうもこのウイルスはいろんなことをしていて決して善玉抗体だけができているわけではありません。

特に重症化する人は抗体ができているのだけれども善玉抗体が働くよりも悪玉抗体がメーンになって免疫細胞まで感染させてしまいます。

患者さんが亡くなる前に炎症性サイトカインがいっぱい吐き出されるものだから、免疫細胞のみならず周りの上皮細胞も筋肉細胞も影響を受けて多臓器不全になります。

SARS(重症急性呼吸器症候群)の時にもワクチンができて第1相試験まで行きました。これを動物試験でやった時に抗体依存性感染増強現象(ADE)が起きて悪くなったという例が報告されています。

ネコのコロナウイルスのワクチンでも同じことが起きています。MERS(中東呼吸器症候群)でも同じことが報告されています。

コロナウイルスではこういうことが比較的起こりやすい。どうして善玉抗体と悪玉抗体ができるのか、何がそれを決めているのかというのはおそらくウイルスの表面にスパイクタンパク質にあります。

スパイクタンパク質の上には善玉をつくらせるエピトープ(抗体が認識する抗原の一部分)と、悪玉をつくらせるエピトープがあると考えられます。ワクチンをつくる時に、うまく善玉をつくらせるエピトープをメーンにすれば善玉抗体はできやすくなります。

間違って悪玉抗体をつくるエピトープをメーンにしてしまうと逆に病気を悪くしてしまいます。

重症化すると免疫系が頑張らなければいけないと抗体をたくさんつくります。でも、それが役なし抗体と悪玉抗体がメーンだったら、症状がどんどん悪化していきます。

抗体量も上がっていくのですが、ウイルスの数は減らず、感染は広がり、重症化が進んでしまいます。

抗体をつくるためにはT細胞が必要です。T細胞の中にはヘルパーの他にキラーがいます。キラーT細胞はウイルスを殺さないけれども、ウイルス感染細胞を見つけ出して爆撃して殺します。

インフルエンザは抗体ができてくる時にこのキラーT細胞も同時にできてきて、血中のウイルスは抗体が殺す、細胞の中に隠れているウイルスはキラーT細胞が感染細胞を殺すのでウイルスが死にます。

キラーT細胞による免疫はどうも非常に重要で、新型コロナウイルスに感染して治った患者さんをみると新型コロナウイルスに特異的なキラーT細胞ができています。

死んでしまった患者さんはキラーT細胞のでき方が悪かったのか、これから調べてみる必要があります。

抗体を見るだけでなくてウイルスに特異的なキラーT細胞がどれだけできているかを調べないと、本来は免疫の程度が測れません。キラーT細胞は特別な研究室でないと測れないので、今は目に見える抗体だけで測るしかありません。

でも残念ながら測れているのはウイルス結合性抗体だけです。今は免疫のほんの一部しか見ることができないのが現状です。

木村:軽症者を施設収容や自宅療養に切り替える場合、重症化する兆候を見逃さないことは可能なのでしょうか。イギリスでは病院に入れず亡くなった方や我慢しすぎて手遅れになった人が少なくありません。

集中治療室(ICU)病床数や気管挿管の人工呼吸器、ECMO(体外式膜型人工肺)の数を強調する人もいますが、重症化すると生還率は著しく下がります。

無症状や軽症者にパルスオキシメーターを装着して医療機関の担当者に通知が行き、血中酸素濃度の低下を早期発見できるシステムを作れば死者を減らせると思うのですが、いかがでしょう。

宮坂氏:はい、日本でもパルスオキシメーターは広く使われていますが、今のものだと普通に動いている人がずっと装着しているのは不快なようです。機器が改良されれば当然、移動時でも常時装着が楽にできるものが出てくるでしょう。

木村:新型コロナウイルスが変異するスピードを考慮した時、どんなワクチンや治療法開発が必要なのでしょう。また治療薬候補として「アビガン」「レムデシビル」を重視する日本の戦略は有効なのでしょうか。

宮坂氏:治療薬候補は、アビガン、レムデシビルの他にイベルメクチンやシクレソニドなども有望視されていますが、もっと症例数が増えないとその善し悪しの判断は困難です。

一方、ワクチンはいずれ良いものが必ず出てくると思います。日本でもいくつかの大学、研究機関、製薬会社が開発に乗り出しています。

今のところ、世界中で、DNAワクチン、RNAワクチン、リコンビナント・ワクチン(病原体の遺伝子やタンパク質だけを用いる)、不活化ワクチンなど、種々のものが開発されつつあり、どれが最終ゴールに達するかは読めない状況です。

木村:新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」や「ニューノーマル(新常態)」が言われるようになりました。

宮坂氏:例え新型コロナウイルスのワクチンができたとしても、どれぐらいの免疫を付与してくれるのか。ワクチンが善玉抗体だけをつくってくれたら良いのですが…。

ネコのコロナウイルスのワクチンでは開発途中に悪玉抗体ができて病気が悪くなったという例も報告されています。

ヒトのRSウイルス(RNAウイルスの一種)のワクチンでは、免疫が変な方向に行ってワクチン接種後に病気が悪化してしまった例もあります。

一方、正しいワクチンができて免疫を変な方向に持っていかなければ少々、効きが悪くても、お年寄りの重症化を防げるかもしれません。そうなるとワクチンの価値は十分にあります。

いま学校が再開されると、子供がうつって、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんに感染が広がることが心配されています。

インフルエンザでこうしたことが起こらないのかというと子供たちにうつっても、大人の方は前の年、その前の年にインフルエンザを経験しているので感染はそれほど広がりません。

お年寄りは免疫力が落ちてきますが、ワクチンすると死亡率は下がります。感染率はあまり変わりませんが、重症化は明らかに防げます。

新型コロナウイルスでもインフルエンザ程度のワクチンができればそれで新型コロナウイルスとお付き合いできるようになる。

ニューノーマルにあまりこだわらなくても、インフルエンザと同じぐらいのお付き合いで行けるようになると考えています。

木村:口や鼻から出るウイルス量を迅速抗原検査で測ることができるようになるのはいつごろのことでしょう。それまでは韓国のようにPCR検査で代替することは可能なのでしょうか。

宮坂氏:既に迅速抗原検査は実用化され、近日中に唾液でもできるようになるでしょう。もちろん、PCRほどの感度は期待すべくもありませんが、ウイルス抗原量の多い人がこの方法で見つかれば結構なことです。

というのは、ウイルスを口の中にたくさん持っている人が他の人に感染をうつす力が強いはずだからです。抗原検査は安価で迅速で容易にできるという利点があります。

PCR検査は一定数しかできませんが、迅速抗原検査ははるかにたくさんできる可能性があります。今後さらに性能の良いものが開発されることと思います。

木村:イギリスでは毎日のように犠牲になられた医師や看護師の話が掲載され、その数は170人を超えました。死屍累々となっている高齢者施設でも介護士への感染が懸念されています。

日本の医療現場や高齢者施設の現場には十分な感染防護具(PPE)が行き渡っているのでしょうか。また、こうした医療従事者やケアラーに対する支援、逆に差別・虐待は日本ではどのように広がっているのでしょうか。

宮坂氏:日本ではマスク、手袋、フェースガード、防護衣はいずれも大きく不足しています。差別・虐待問題は顕在化しつつあります。

木村:都市封鎖(ロックダウン)によって息を吹き返した動物や植物が非常に楽しそうにしているような錯覚に陥ります。

グローバリゼーションによって痛めつけられた地球のエコシステムが新型コロナウイルスを作り出し、人間を戒めているようにも感じられるのですが、どうお考えですか。

宮坂氏:私には分かりません。このような流行が輪廻(りんね)のようにやってくることは確かです。

宮坂昌之氏