細菌学者・パスツール

ルイ・パスツール(Louis Pasteur)1822~1895 フランス、細菌学者

http://www.jpma.or.jp/junior/kusurilabo/history/person/pasteur.html【パスツールはなにを開発したの?】

さまざまなワクチンを開発し、予防接種を世に広めた

パスツールは、ジェンナーの考えた天然痘(てんねんとう)を予防する種痘法(しゅとうほう)に「ワクチン」という名前をつけ、ワクチンが他の病気にも応用できるのではないかと考えました。

研究のすえ、パスツールは狂犬病(きょうけんびょう)、ニワトリコレラ、炭(たん)そ病などのワクチンの開発に成功しました。

そして、伝染病(でんせんびょう)にかからないようにするために、前もってワクチンを打って体の中に免疫(めんえき)( 細菌(さいきん)などから体を守る機能) をつくる「予防接種」を世に広めました。

研究をお酢(す)やワインづくりにも役立てていた その研究の過程で、微生物(びせいぶつ)の働きによってお酢(す) を大量につくる方法や、ワインがくさらないようにする方法を考えるなど、フランスの食文化に役立つ研究もしていました。

パスツールは、どうして「細菌学(さいきんがく)の父」とよばれていたの?

伝染病(でんせんびょう)の原因は細菌(さいきん)であることを発見

伝染病(でんせんびょう)を研究をしていたパスツールは、「伝染病(でんせんびょう)は細菌(さいきん) が引き起こしている」ということを発見しました。

そして、さまざまな伝染病(でんせんびょう)を調べて、それぞれの原因となっている細菌(さいきん)を探(さが)しだすことに成功したのです。それらの細菌(さいきん) を研究することで、狂犬病(きょうけんびょう)などのいろいろな伝染病(でんせんびょう)を予防するワクチンが生まれました。

このようにパスツールは、伝染病(でんせんびょう)と細菌(さいきん)の関係を明らかにするなど、細菌(さいきん)の研究に大きな成果を残しました。このことからパスツールは「細菌学(さいきんがく)の父」とよばれています。

マメ知識

パスツールは、虫用のワクチンもつくっていた? 昔、フランスでカイコという虫が次々と死んでいく病気がはやっていました。カイコは、体から絹糸(きぬいと)の原料となる糸をだします。絹糸 (きぬいと)は、フランスを支える代表的な産業の1つでした。

パスツールは、カイコの病気の原因となる細菌(さいきん)を発見し、予防法を考え出しました。研究には5年もかかりましたが、フランスの重要な産業を無事に救ったのです。

パスツールに感謝した人々が研究所をプレゼントしたって本当?

パスツールに感謝した人々が研究所をプレゼントしたって本当?

世界中の人々の寄付によりパスツール研究所を建設

狂犬病(きょうけんびょう)のワクチンを始め、数々の研究成果でパスツールはたくさんの人々の命を救ってきました。 パスツールの生まれた国・フランスは、感謝の気持ちとして研究所を贈(おく)ることを決定。世界中からも寄付が寄せられ、1888年にパスツール研究所が完成しました。

ここでは今でも、微生物(びせいぶつ)と伝染病(でんせんびょう) の研究が続けられています。

エイズウイルス(HIV)を発見したのも、パスツール研究所です。

パスツールが抱(いだ)き続けた研究への情熱は、120年以上たった今も、しっかりと受けつがれています。

http://www.hokenkai.or.jp/2/2-5/2-55/2-55-17.html【第17章 : 科学の可能性】より

「エイズほど私たちの倫理感、道徳感を根底から揺るがす病気は、これまでになかった。もしも、私たちの科学的思考、科学的作業、そして科学に関連した企業活動に、人間的なケアの倫理というものが打ち立てられるなら、私たちは、家族のように一丸となってエイズとの闘いという長い道のりをさらに進むことができるはずだ」

-マキシーン・ アンクラー博士、米国・ガーナ(37) 

  治療、そしてケア

エイズの原因がウイルスであることが1983年に発見されたとき、科学者たちは治療法の開発は困難をきわめるに違いないと確信した。細菌感染は抗生物質で、また真菌感染は抗真菌剤で、簡単に治療できる。しかしウイルスは、生きた細胞の中に巣食って、細胞自体の機構を利用しながら細胞の中で増殖する。かりにエイズ・ウイルスの再生産を妨害する抗ウイルス剤が発見されたとしても、それは同時に細胞の通常機能をも妨害するため、患者に副作用をもたらす恐れがあるからだ。

この難問を乗り越える研究を精力的に進めていた研究者たちは、やがて数種類の抗レトロウイルス剤(HIVは、レトロウイルス科に属する)を開発した。これらの抗レトロウイルス剤は、HIVを破壊はしないが、増殖を遅らせ、HIV関連の症状やその他の病気を減らし、患者の生活を楽にしてくれる。しかし、これらの副作用を引き起こす可能性があるうえ、治療効果も一時的なものでしかない。さらに、市販されている抗レトロウイルス剤は非常に高価なため、これらを開発途上国で使用できる可能性は限られてくる。

治療はともかく、HIV感染者・エイズ患者のケアにはまだまだ改善の余地がある。HIV感染自体はウイルス性であり治療は困難であるが、HIV抗体陽性者がかかりやすい日和見感染症の多くは、細菌、寄生虫、真菌によって引き起こされるから、治療できるし、予防も可能である。たとえば、口や喉の真菌感染を放置しておくと痛みがひどくなり、食物を取ることができず栄養失調になってしまうが、そうした感染に対して有効な薬はいくつもある。また、結核や肺炎の治療や予防に使える薬も普及している。

これらの治療薬は、HIV関連の疾病によって引き起こされる苦痛の軽減には大いに効果があるのだが、他の多くの薬と同様に高価なため、開発途上国の人々には手が届かないものとなっている。たとえば、口腔内の真菌感染に必要な薬は、初回治療に約10米ドルかかり、継続治療には1週間で1ドルから7ドル必要である。食道の真菌感染の治療の薬は、初回が約30米ドル、継続治療には1週間で2ドルから7ドルかかる。結核の治療に要する経費は、総額で大体40米ドルから74米ドルとなる。

高価である以上に問題なのは、医薬品が手に入りにくいことだ。必要とする人々のもとに薬が届かないこともよくある。また、こうした治療薬が、価格設定、資金援助、供給体制などの面で開発途上国向けに特に配慮した「必須医薬品リスト」に入っていない場合もある。あるいは、病院やクリニックには在庫があっても、農村部からは遠すぎるとか、それらの施設のスタッフが、エイズ患者のケアに必要な経験や技術を十分持ち合わせていないという問題もある。

ブラジルのサントスで医師と面談するHIV感染者とその母親。エイズを根治する治療薬はないが、日和見感染症を治療する薬はある。痛みや苦しみを和らげ、命を延ばすことは可能なのだ。

こうしたさまざまな問題には個別に対応していくしかない。WHO、国連開発プログラム(UNDP)、そして製薬業界の代表は、開発途上国向けの医薬品の製造と価格の適正化の話し合いをすでに開始している。たとえば、そのひとつに、開発途上国を対象とした価格設定方式を導入して、それらの国々がもっと多くの医薬品を輸入できるようにすることが検討されている。もうひとつは、新薬の認可手続きを簡略化する問題で、新薬が複数の国で認可を受ける場合に、時間も費用もかかる審査を何度も受けずに済むような方法が模索されている。

WHOは、HIV感染者・エイズ患者の新たなニーズにそって必須医薬品リストを確実に更新するよう、各国との協力を進めている。さらに、HIVに感染した成人と小児の臨床管理に関するガイドラインも策定されている。このガイドラインは、患者の兆候と症状に応じた段階的な治療・診断方法を示したもので、レベルの異なる医療施設で働くヘルス・ワーカーが利用できるよう作成されている。

「相棒」(バディ)による支援は、ひとりのエイズ患者に「相棒」-その患者を訪問 し、抱きしめ、世話をするボランティア-ひとりを組み合わせるシステムである。多くの国ではゲイの組織がパイオニアとなってこうした体制が組まれているが、これは患者と「相棒」の双方に人間的な豊かさをもたらしてくれる。  

  ワクチン試薬の基盤づくり

ウイルス感染症はなかなか退治するのがむずかしいが、ワクチンで予防できる病気である。ワクチンのおかげで撲滅された天然痘もウイルス感染症だったし、はしかやポリオ-致命的な病気だが、いまでは世界中の子供たちの大部分が免疫を持っている-も、やはりウイルス感染症である。

しかし、HIVについては、当初はワクチンの開発が期待されたものの、その可能性は次第に疑問視されるようになった。HIVがきわめて複雑なウイルスであり、絶えず変化するだけでなく、流行地域によってその様相も大きく異なることに、科学者たちは気づいたからである。

「天然痘のウイルスは非常に安定しています。そのうえ、ウイルスの種類もひとつしかないので、開発されたワクチンは世界中どこでも通用します」と世界エイズ対策プログラム(GPA)のワクチン開発責任者ホセ・エスパルザは言う。「インフルエンザの場合、安定性はそれほど高くありません。ウイルスは年ごとに変化するので、ある流行期に効いたワクチンが、必ずしも次の流行期にも効くわけではありません。しかし、変化するとはいっても、基本的には世界同一のウイルスです。一方、HIVは、時間的にも地理的にも変化するため、はるかに複雑です。つまり、世界中のさまざまな場所に、実に多様なウイルス株が存在し、しかもそのすべてが進化の途上にある、という状況なのです」

また、このウイルス感染に対する免疫系の反応が、他のウイルスの場合と非常に異なっている点(囲み参照)、また候補とされるワクチンがあっても試験に適する動物モデルがない点なども、HIVワクチン開発の障害となっている。チンパンジーは、現在のところ、HIVワクチン開発に利用できそうな唯一の動物であるが、希少で高価なうえに、科学的研究に用いることは論争の的になっている。
このような障害にもかかわらず、候補にあがっているワクチンのいくつかは、すでに動物実験などで安全性を確認するといった前臨床段階の実験を終え、少数の人に投与する臨床試験(治験)の段階に入っている。その後、何百人、何千人ものボランティアに投与する大規模な臨床試験を行い、これらのワクチンがHIV感染に対して本当に有効かどうかが確認されるのである。
HIVの株は変異性がきわめて高いので、ワクチンの臨床試験は、先進国だけでなく、開発途上国でも行う必要がある。現在、少なくとも4カ国-ブラジル、ルワンダ、タイ、ウガンダ-が、世界的なワクチン開発プロジェクトへの参加を決めており、WHOの協力のもと、安全で有効な候補ワクチンが開発されしだい大規模な試験を始める態勢が整えられている。これらの国は、専門家で構成される国際委員会によって、以下の条件を満たすという理由で選定された。 

●ワクチンの開発に成功した場合にもっとも恩恵を受けるHIV感染者の発生率が高い地域

 ●定期的かつ長期にわたって被験者を追跡することが必要なため、人々の移動が比較的少ない地域
●医療・研究施設が比較的完備している地域

●試験に際して政府と住民から好意的な支援が得られる地域
WHOは、こうした国々のワクチン臨床試験を円滑に進めるため、各国の医療・研究 施設の水準を上げ、研究者の再教育を行うなど、基盤強化をすでに開始している。また、ワクチンや医薬品の研究には、世界各地のHIV株を分離することが不可欠だが、そのために、各国の研究施設を結ぶネットワークがすでに結成されている。対象となる各国での試験は、厳しい倫理基準にのっとり、試験に参加するボランティア個人の権利と地域社会の伝統を尊重しながら行わねばならない。コンドームの配布をはじめとする保健教育活動は、それがたとえ研究上の発見を遅らせかねないとしても、試験期間中も精力的に続けられることになっている。

しかし、ワクチンによってHIVの拡大にすぐさま終止符が打たれると期待するのは早計である。かりに臨床試験が1990年代半ばまでに開始されたとしても、ワクチンが2000年以前に市場に出回る可能性はおそらくないだろう。しかも、ワクチンは、せいぜい他の予防方法を補うだけに過ぎないと考えられている。その最大の理由は、ワクチン・プログラムが対象とする大部分の人々、ましてや全員に行き渡るまでには、かなりの時間を要するという点にある。たとえば、結核に対するBCG、そしてジフテリア、百日ぜき、破傷風、はしかなどの感染症に対するワクチンが、各国の免疫プログラムを通じて配布され、世界全体で80%の普及率に達するまでには、20年近くの年月が必要だった。しかもこれらのワクチンは、HIVワクチンと違ってゼロから開発されたものではなかったのである。もうひとつの問題は、HIVワクチンに100%の効果はおそらく期待できないだろうという点だ。エイズは致命的な病気であるから、ワクチン接種を受けた人でも、ほかの予防手段を講じたいと思うだろうし、またその必要が大いにある。
すなわち、予防のためには、安全なセックス(性行動の変化、コンドームの使用、その他のHIV感染予防策による)と、性行為感染症(STD)に対する迅速で効果的な治療が今後も欠かせない、という事実に変わりはないのである。

HIV感染の急速な拡大とSTDとの関連性(第3章を参照)が明らかになったいま、これまでなおざりにされてきた公衆衛生上の問題が注目されるようになってきた。毎年、少なくとも2500万人が、無防備な性交渉によってHIV以外のSTDに感染しているのに、STDの抑制を重要課題とする国はほとんどない。治療施設の不備や応対の悪さ、さらにSTDのマイナスイメージが原因で、症状を認めたり治療を受けたがらない人が多い。女性の合併症-骨盤炎症、不妊症、致命的な状態に陥ることもある子宮外妊娠-は、男性のSTDより深刻であるにもかかわらず、女性は特に治療に消極的である。そのうえ、STDの多くは、やはり女性の場合特に初期症状が軽いので、感染に気づかないのである。

従来のSTDがHIV感染を助長するのに対し、HIVのほうは免疫力を抑制する性質があるので、STDの治療を困難にする可能性がある。そのため、STDを抑えることが、改めて緊急な課題となっている。幸いにも、予防手段の多く-教育と情報、コンドームの普及とその他の安全な性行動の奨励-は、HIVにもその他のSTDにも有効である。さらに、対象となるグループも同一である。そこでWHOは、STDプログラムとエイズ予防プログラムの間の相互協力、あるいは、場合によっては両者の統合を呼びかけている。
それでもなお、たとえば、STD患者に対して患者の側に立ったサービスを実施するとか、初期治療の重要性を訴えるなど、越えるべきハードルはまだ多い。しかしなかには、ほとんど解決された問題もある。「これまでは、女性STD患者の診断には精密検査が必要だと言われてきました。けれども、そんな検査ができる施設のない国もあります」と言うのは、GPAのSTD対策責任者で世界エイズ対策本部副部長ピーター・ピ オット博士だ。「私たちはそこで、いくつかの質問と簡単な検査を実施し、そのデータに基づいて診断を下すという方法を開発しました。たとえば、セックスの相手を変えたばかりの人は、感染のリスクがとても高くなります。リスクの大きさがつかめる情報を聞き出し、簡単な検査をすれば、かなり正確な診断を下すことができるのです」

女性にできる防御方法

過去5~10年間の経験から、女性が性行為によるHIV感染から身を守るのは、男性よりはるかにむずかしいことがわかった。コンドームの使用にも、最低限男性の協力が必要だからである。
女性のこうした問題は、STDの適切な治療で多少はカバーできるが、新たな解決法も科学の力によってもたらされている。パートナーにコンドームを使用してもらえない女性、あるいは自ら積極的に身を守りたいと思う女性のために、女性が自ら使える「防御(バリア)メソード」の開発が、現在着々と進められているのである。

いわゆる「女性用コンドーム」-基本的には、性交の前に膣に挿入する小さな袋-は 、一部の先進国ではすでに市販されている。これまでに行われた調査によれば、売春婦などのHIV感染リスクが高い女性にとっては、特定の状況下で使用が可能だという。女性用コンドームは、もともと避妊用に開発され、勧められてきたものだが、STDの予防にも有効かどうかを確かめるために、近々調査が行われる予定である。もうひとつの問題は、女性用コンドームが高価で、しかも一回限りの使用しか認められていない点にある。そこで現在、洗浄して再利用しても効果が失われないかどうか、研究が行われている。
さらに、女性用コンドームには、着用しているのがわかってしまうという別の欠点もある。パートナーに知られずに、女性が必要に応じて用いることのできる防御メソードの開発が、緊急に求められている。
殺精子剤もひとつの可能性である。膣内に殺精子剤を挿入する方法は、女性にできる 避妊法として過去20年にわたって用いられてきた。こうした製品には微生物も殺す性質があるので、ある種のSTDへの感染リスクを低下させる効果もあること、また少なくとも試験管内ではHIVを不活化する効果もあることが、すでに明らかになっている。殺精子剤の問題点は、特にセックス・ワーカーのように1日に何回も使用する場合、膣内に炎症を起こし、かえってHIV感染リスクを高めかねないということだ。既存の殺精子剤の安全性と防御効果を確かめるのはもちろん、HIV感染や他のSTDから身を守ることができ、しかも炎症を起こさない新製品の開発、あるいは、子供を産みたい女性でも使える殺精子能力のない製品も含めての開発が、WHOでは最優先の研究課題となっている。

社会を深く観察する

エイズの予防は、特に人々の行動様式を変えられるかどうかにかかっているため、社会学者は現在、そのもっとも効果的な方法を探り出す研究を行っている。
「エイズ流行の初期には、性行動パターンや薬物静注の習慣について基本的な情報が まったくなく、それが大きな障害となっていました。しかしその後、実に多くのことがわかったのです」とGPAの社会行動学研究責任者であるピーター・アグルトン博士は述べている。「エイズのおかげで、ある意味では、人間の性のあり方や性行動の研究が社会的に認められるようになりました。たった数年間、多くのことが解明され、人間の性行動は想像していた以上にずっと多様なものだということが、いまではわかっています。たとえば、異性間性交と同性間性交はいずれも、どんな社会にも存在し、人間の性的表現の正常なレパートリーのひとつだということもわかりました。この多様性を受け入れ、それをすべての出発点にすれば、私たちはもっと効果的にエイズを阻止できると思います」

こうした研究によって、人が、社会的評価とは別に、自分をどう理解しているのかという点も明らかになった。たとえば、セックスと引き換えに贈り物や現金を受け取るのが当たり前とされる地域は、世界に多く存在する。ところが、物品や現金を受け取る側の男女には、売春しているという意識がほとんどない。そうした行為が、生活の一部となっているのである。人が自分自身をどう捉えているか、その問題を正しく把握できなければ、いくらエイズ予防の戦略を立てても効果はおのずと限られてくる。
健康や病気に関する社会の「常識」を無視して予防戦略を立てた場合にも、同じことが言える。私たちはしばしば、知識と行動との間には直接の関連があると思い込んでしまう。つまり、医学的、科学的事実がわかれば、人間は行動を変えるはずだ、とつい思ってしまうのである。しかしいまでは、こうした単純な思いこみが間違いであることがはっきりしている。エイズのような病気の場合、人々の平素の考え方によっては、医療教育のメッセージがストレートに伝わらない可能性がある。広報活動、仲間内の相互教育、カウンセリングを実施する際には、人々の「常識」を-アグルトン博士の言葉によれば「創造的に」-考慮することが必要である。
家庭や地域がエイズにどう対応してきたかについては、WHOなどによる調査が現在行なわれている。これらの調査情報から、患者や家族、地域社会に対してどう支援すればいいかが明らかになるだろう。さらに、感染者や、ハイリスク・グループに対する偏見や差別をなくすために何をすべきかも、わかってくるはずである。

しかし、こうした社会科学者の活動が、疑いと不信の目で見られる場合も多い。彼らの研究のせいで、社会の実態が歪んで描かれるのではないか、と政府が懸念することも少なくない。エイズに関する社会行動学的研究を、何とか制限したり禁止しようとする国もある。WHOなどはこれまで、こうした問題にも対処してきた。社会科学者が自由に調査研究できるようになれば、彼らと協力して一層効果的なエイズ予防策を立てることができるのだ。

「現 「現在、人類はかつてないほど深刻な性行為感染症に直面している。にもかかわらず、我々の子孫を危険にさらす人間の行動に関する研究さえ禁じようとする人々がいる。それは、必死で闘っているさなかに武装放棄しろと言うようなものだ」

-全米エイズ委員 会(27)