無教会の平和主義

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【無教会の平和主義】 第三章  より

 平和の理念は無教会人の世界観の中心的役割を担い、内村以来平和をテーマとした数多くの文献を生み出した。無教会平和論の多様な側面に統一した観点を与えるため、次のような一般化を試みたい。[27]  平和は、人の罪を赦し永遠の生命を与える神との親しい交わりを通して得られる根源的な心の状態である。すべての人が救いと生命の喜びあふれる経験を持ち、 神と一つになるならば、真の平和が困難なくこの世に実現する。平和を策する政治人の根本的誤りは、人の力を過信し自分の主義を他人に押し付けることにあ る。こうした態度は今なお独善的な律法主義者の方針であり、これは限りない対立と争いを生み出す。平和は単にあれこれの主義を押し付けることで達成はでき ない。ある主義がどんなものであれ、それはいつも部分的で不完全なものに人間の関心を向かわせるイデオロギーに過ぎず、決して人類全体に平和をもたらす事 はできない。こうした人類の空虚な努力に反して、キリスト教はすべての人に精神の自由と神の聖霊に従う自由を与える。この自由の相互確立においてのみ、こ の世における最終的平和は可能である。キリスト教は、規則を押し付ける律法とイデオロギーの奴隷状態から人を解放する。人類の歴史は律法からの解放の前進 的過程であり、キリスト教はその決定的役割を担ってきた。キリスト教自体は、しかしながら、一つのイデオロギーではなく、神との個人的な出会いであり、救 いと生命である。平和を見い出す問題は結局のところ救いと生命を見い出す問題である。キリストは、私たちの罪を赦し、私たちを神に導くことで、人類に平和 の道を示した。したがって、この世におけるキリスト者の使命はあらゆる律法主義と戦い、すべての人を神にすなわち歴史の目標である平和へ導くことである。 普遍神学の歴史観からすれば、あらあゆる歴史の社会秩序は神の要求する理想の秩序を反映しなければならず、またその完全な理想の前進的実現でなければなら ない。国家は人類の物質的精神的発達に仕えるために神が作り出した一つの制度である。国家を通して人類は、その存在と歴史に意味を与える道徳、法律、政 治、そして社会の理想を前進的に実現しなければならない。この理念は、国家が単に人間の自己中心的な利害に仕える共同体的技術的制度に過ぎないとする超国 家主義にも反対する。無教会は国家を道徳的責任のともなう制度的法人とみなす。国家が人類の社会生活の必要に仕え、人類を神に導く使命を果たすためには、 国家はその理想の秩序を認識しなければならない。現実には、しかしながら、国家はしばしばその理想を投げ捨て、真の人間の自由と人格の尊厳から国民を引き 離してきた。国家権威はその政治的権力を欲しいままにし、権力を維持するためその民を圧迫してきた。

 無教会は一貫して日本であれ海外であれ平和の実現を阻むいかなる政策にも反対する。したがって、無教会キリスト者は現政府の憲法改悪、 防衛目的の再軍備に反対する。また、無教会が「罪深い」戦争と見る過去の軍事行為のいかなる賛歌、たとえば戦死者を祭る神社を国営化しようとする靖国法案 に反対する。[28] 同様に、1986年の建国記念日(2月11日)の祝日化を天皇崇拝の継続化とみなし強く反対 した。古い伝統をよみ返らせ国家道徳を維持しようとするこうした動きとは対照的に、無教会は日本帝国の拡大政策で破壊されたアジアの国々との精神的和解、 物質的援助によって国の精神的統一を築こうとしている。たとえば、日本は韓国朝鮮にたいして十分な賠償金を払う絶対的義務があると感じている。また、戦争 の被害を最も受けた朝鮮韓国に対し、アメリカ経済帝国主義にならった経済援助によって賠償金に代えようする日本の政策をきびしく批判する。無教会はこうし た日本政府の態度を経済利益の追及を隠した偽善とみなし、国際的合意と慈善の名のもとでの新たな搾取の政策とみなしている。要するに、無教会は、国家共同 体の前提条件として政治道徳の普遍法、他国民の不可侵の人権の遵守を日本政府に求めている。また、無教会は、日本が単に世界に対して法律的物質的義務を果 たすだけでなく、開発途上国の発展のためにも奉仕しなければならない、と主張する。[29] 無教会はより共感的精 神的和解の必要を強調する。無教会は、韓国への親善訪問や日韓平和会議を含め韓国との関係改善のため特別の努力を払っている。日本と韓国の無教会者(韓国 にも少数の無教会信仰者がいる)による平和会議が日本で開かれた。会議は過去の痛ましい経験を踏まえて、共同の祈りと聖書の研究によるキリスト者の親交を はかった。[30] 無教会のキリスト教平和主義の原理はほかの国にも等しく適用される。アメリカのベトナム介入戦争は、アジア人が自国の運命は自らが決定すべきとする無教会活動者によってかなり批判された。[31] 

 無教会の平和主義哲学は非戦論と呼ばれているが、この中心的信条はキリスト教の信仰を前提としてのみ理解できるものである。戦争は人間の 罪深い性質から生じ、国家の罪の罰として神はその存在を許してきた。戦争は殺人と破壊を招くため、それ自体が罪である。いかなる理由によっても、たとえ不 意の攻撃に対する防衛であっても、戦争は正当化されない。真の平和と秩序は、キリストの再臨すなわち社会展開史の最終段階においてのみ訪れる。(再臨の信 仰はとりわけ無教会の強調する点であり、社会的危機の時代に強烈な預言的精神とともに表明された。) 要するに、真のキリスト者はどんな状況にあっても戦 争を非としなければならない。いいかえれば、戦争を止める力は神のみにあり、人は無力であると信じているにもかかわらず、キリスト者は戦争に反対しなけれ ばならない。平和主義の使命は平和の福音をのべ伝え、戦争は個人と社会の罪の結果であると主張し、そしてキリストの再臨の新世界を準備することである。平 和主義は戦争つまり人類の最も破壊的行為を人類救済の道具に変容する。

 逆説的にも、この平和主義は兵役の良心的拒否の形をとらず、かえってキリストが他人の罪のために死の十字架についたのと同じ原理によっ て信者に戦場に行くことを求める。一人のキリスト教平和主義者の戦場での死は不信仰者の死よりもはるかに価値のある犠牲として神に受け入れられる。神の意 志に従わなければ、他人を自分の代りに戦場に向かわせる兵役拒否者はおくびょうである。こうして、たとえば、内村は弟子たちに兵役を避けないよう呼びかけ た。内村は、悪が善の行為によってのみ克服されること、それだから戦争は他人の罪の犠牲として平和主義者が自らの命をささげることによってのみ克服され る、と論じた。彼は、ある論説で、「神は天においてあなたを待っている、あなたの死はむだではなかった」との言葉を戦死者の弟子に捧げた。[32] 同様に、矢内原は若きキリスト教兵役者に身体の復活とキリストの再臨(前者は個人の救い、後者は社会の救い)の信仰に固く立つよう勧めた。[33] 戦争政策への反対と戦争自体に直面したときの無抵抗という二重表現は、無教会主義者があらゆる暴力と破壊に対する抗議に積極的に参加したと同時に不義の戦争時において兵役を受容したという事実に明らかである。[34] これは日本の伝統とキリスト教の原理の根源的結合の逆説的結果である。日本文化における権威の極端な強調は、日本人に権威に対する従順性と同時に権威に対抗するユートピア的英雄主義を植え付けた。[35] この文化的特質が、無教会の場合、日本的キリスト教平和主義の創造という最も首尾一貫した形で見い出される。その代表は世俗の価値を拒否し、キリスト教の価値の証と神の義しい言葉の伝達を使命とする啓示的預言者である。

 無教会キリスト者の立場は絶えることのない葛藤の中におかれている。世俗に対するその非妥協的態度は、無教会者を日本社会から離し、加え て日本の制度教会からも離している。つまり無教会者はキリスト者として日本社会から仲間外れにされ、さらに無教会者として日本の教会クリスチャンから歓迎 されないという二重の疎外に甘んじなければならない。しかし、この疎外は社会からの断絶、逃避を意味しない。無教会は少数派であることを十分承知してい る。それは盲目な社会の圧力に対抗し、現存の社会と文化の制度に対して新しいキリスト教の理想と目標を与えるために選ばれた少数派である。それゆえ、無教 会者は神を頼りとし人に頼らない、この疎外を名誉あるものと受け止める。無教会者は自らを社会に対する本当の精神的指導者と感じている。その使命実行の態 度はキリスト教価値観の啓示に基づく預言者的なものである。内村はまさに旧約聖書の預言者、日本のピューリタン、そして「キリスト教精神の注がれた真のサ ムライ」であった。[36] 無教会キリスト者は現世の中で積極的に生活し責任を果たす、しかし現世に属することを求めず、かえって現世を変革しようとする。無教会者は日本と世界に対して明確で権威的な預言を啓示するカリスマ的人格として自己をあらわす