アインシュタインの予言

http://nakazawahideo.web.fc2.com/einstein/gakubuho497.htm  【アインシュタインの予言】 中澤英雄  より

映画「アインシュタインの豫言」

アルベルト・アインシュタインの予言――といっても、質量はエネルギーに変換されるとか、光が重力によって曲がる、などといった物理学上の予言ではない。アインシュタインが「日本が世界の盟主になる」と予言したというのである。多くの書籍、雑誌、インターネット・サイトに、彼が語ったとされる次のような言葉が引用されている。

「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一カ所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄ではなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それにはアジアの高峯、日本に立ち戻らねばならない。われわれは神に感謝する。われわれに日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」

「予言」にはいくつかのヴァージョンがあり、引用者によって文言が微妙に異なっているが、右は千葉大学名誉教授・清水馨八郎氏の『今、世界が注目する「日本文明」の真価』に掲載されている文章である。昨今の皇室典範問題の中で、お茶の水女子大学教授・藤原正彦氏など、この言葉に言及する人が時々見られる。

一九二二年に来日したアインシュタインが大の親日家になったことは事実である。その時のアインシュタインの様子については、金子務氏の『アインシュタイン・ショック』や杉元賢治氏編訳『アインシュタイン日本で相対論を語る』などに詳しい。しかし、この言葉はちょっとほめすぎ、というよりも、「一系の天皇」とか「尊い国」とか「世界の盟主」というのは、あまりにも皇国史観的ではなかろうか。アインシュタインが本当にそういうことを語ったのだろうか――という素朴な疑問から文献を調べてみた。

その結果、判明したことは――大部分の引用者は出典を明記していない。出典らしきものがある場合も別の本からの孫引きで、その引用元には出典が書かれていない。来日当時の日本の新聞、雑誌には、このような言葉はどこにも掲載されていない。よく出典として言及される雑誌『改造』のエッセイ「日本における私の印象」にも、こういう文章はない。彼のドイツ語、英語の著作にも対応する文章はない。

しかもアインシュタインは元来、社会主義的な信条の持ち主で、天皇(制)には無関心であった。また彼は日本人と日本の政治・外交を区別し、満州事変以降の日本の対外政策を厳しく批判している。そのアインシュタインがあのような手放しの日本礼賛をするとはとても考えられないのである。

いったいどこからこのような奇妙な「予言」が生まれたのであろうか? 調査の過程で思いもかけない文献に出くわした。田中智学の『日本とは如何なる国ぞ』(一九二八年)という本の中に、「予言」ときわめてよく似た文章が存在したのである。田中智学は、日蓮主義の宗教家、国柱会の創設者、戦前の日本国体思想に多大の影響を与えた思想家で、戦時中によく使われた「八紘一宇」は、彼が日本書紀の「八紘為宇」という語句を使って造語したものである。ただし智学の本の中では、この言葉は、伊藤博文も明治憲法の制定に先立ちその講義を聴いた、一九世紀ドイツの国法学者ローレンツ・フォン・シュタインが、明治の元勲・海江田信義に語ったものとされている。そこで、『明治文化全集』に収録されているシュタインの海江田への講義録を読んでみると、そこには「予言」のような内容は含まれていなかった。つまり、智学はシュタインにかこつけて自分の信念を述べた、というのが真相なのである

私は当初、智学版「シュタインの予言」がいつの間にか「アインシュタインの予言」に誤解されて広まったのだろう、と考えていた。ところが、私の調査が朝日新聞六月六日夕刊で紹介されたところ、フィルム・幻灯研究家の松本夏樹氏から驚くべき情報が寄せられた。一九三〇年代初めに「アインシュタインの豫言」と題された無声映画が制作されていたというのだ。その映画を拝見させてもらったところ、まさに例の「予言」が一種のSF映画に仕立て上げられているではないか。田中智学の本が出版されて間もないころに、何者かが意図的に「シュタイン」に「アイン」を付加し、アインシュタインの名前を国体意識発揚のために利用したのである。その背後にいかなる組織があったのかは、劣化の著しい映画からは読み取れなかったが、おそらく日本陸軍が関与していただろう、というのが目下の推測である。  

                  東京大学教授(言語情報科学専攻/ドイツ語)

アインシュタインの言葉 ~尊い国~

 近代日本の発達ほど世界を驚かしたものはない。その驚異的発展には他の国と違ったなにものかがなくてはならない。果たせるかなこの国の歴史がそれである。この長い歴史を通じて一系の天皇を戴いて来たという国体を持っていることが、それこそ今日の日本をあらしめたのである。

私はいつもこの広い世界のどこかに、一ヶ所ぐらいはこのように尊い国がなくてはならないと考えてきた。なぜならば、世界は進むだけ進んでその間幾度も戦争を繰り返してきたが、最後には闘争に疲れる時が来るだろう。このとき人類は必ず真の平和を求めて世界の盟主を挙げなければならない時が来るに違いない。

その世界の盟主こそは武力や金の力ではなく、あらゆる国の歴史を超越した、世界で最も古くかつ尊い家柄でなくてはならない。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。神が我々人類に日本という国を作って置いてくれたことである。

                        アインシュタイン

上記は、月刊「致知」に掲載された「アインシュタインの予言」東京大学大学院教授・

中澤英雄氏が同誌に寄稿されれたレポートです。

以下、本記事の概要をまとめてみます。

結論から申し上げますと、この有名な予言は19世紀のドイツの有名な国法学者シュタイン博士が海江田信義に語ったとされる言葉を紹介した、国体思想家・田中智学の著書「日本とは如何なる国ぞ」(1928年)がオリジナルのようです。

ちなみに「八紘一宇」という言葉は、「日本書紀」の語句を用いた田中智学の造語です。また、石原莞爾は田中智学の弟子であり、田中智学の思想は石原莞爾の有名な「最終戦争論」へと受け継がれたました。