「詩篇」をグループで祈るー1(黙読と聴くことと歌うこととを併せて)

http://sadhana.jp/inori/05.html  より

「詩篇」の言葉に込められている信仰心の深さと力強さは格別です。

 私たちが、この言葉を自分のものとすることができる時、それはたいへん生き生きした祈りになります。また、そこから私たちの心は養われます。

 ここでは、その「詩篇」をグループでよりよく祈れることをめざしてみます。

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 例として、「詩篇23」を用いてみます。

 各自が黙読することが柱になりますが、黙読のあいだ間で、聴くことが入ります。またすべての詩節の黙読が済むと、さらに全体的にたっぷりと歌うプロセスを辿って終わりとなります。以上を、

第一段階「黙読と歌唱を聴く」段階、

第二段階「全員で合唱する」段階

とします。

 上記の組み立てが美しくかつスムースに進展するように、以下の工夫と準備をします。

 歌うために、「詩篇23」に曲がつけられたものが『典礼聖歌集』にありますから、この歌を用います(123番「主はわれらの牧者」)。準備としては、「詩篇23」をこの説明文の末尾に付した文面のようにプリントして、これを参加者全員が手にすること、また『典礼聖歌集』の123番のところにしおりを挟んで全員が用意するようにします。(なお、♪の付けられた繰り返し部分に限り、『共同訳』から離れて、『典礼聖歌集』の歌詞と入れ替えておきます。「詩篇23」では、第1節です。)

第一段階。 

 文面において繰り返しとなる「♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない」の部分は、典礼聖歌の旋律によって、歌唱力の確かな人に歌ってもらいます。(歌い手は、心を込めて祈るように、静か目に歌います。)他の参加者は、その歌唱をゆったりとした心で聴きます。そして、聴きながら、その内容を黙想し、心を神に向けます。歌が終わるたびに、間に記されている「詩篇23」の節を黙読しつつ祈り味わいます。読みながら神に向かう読む祈りが進められるわけです。歌い手は、ゆっくりした進度を重んじて、間合いを十分に取るようにします。)

第二段階。

 第一段階が終わると、『典礼聖歌集』123番を開き、これを全員で、すべての節、最終行まで心を込めて合唱します。すでに、この「詩篇」のテーマ・モチーフ・思想感情を一度味わったそれを、再度味わうように努めながら歌います。)

 

 以上のように構成された祈り方です。

 この祈り方は、3人以上の仲間が集まれば、人数はどの大きさになっても可能です。(なお、『詩篇』本文としては、『共同訳聖書』のものは、美しいものです。この『聖書』と『典礼聖歌集』との組み合わせで、よい組み合わせの成立している「詩篇」を取り上げるのが相応しいです。)

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詩篇23

♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

主はわたしを青草の原に休ませ

憩いの水のほとりに伴い

魂を生き返らせてくださる。

♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。

死の陰の谷を行くときも わたしは災いを恐れない。

あなたがわたしと共にいてくださる。

あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。

♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

わたしを苦しめる者を前にしても

あなたはわたしに食卓を整えてくださる。

わたしの頭に香油を注ぎ

わたしの杯を溢れさせてくださる。

♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。

命のある限り

恵みと慈しみはいつもわたしを追う。

主の家にわたしは帰り

生涯、そこにとどまるであろう。

♪主はわれらの牧者、わたしは乏しいことがない。