ハート瞑想

http://heartandlife.jp/heart_meditation 【ハート瞑想とは】 より

アメリカの比較宗教学者ポール・レックスが、インド北部のカシミールを旅したときに、とある庵で数千年も昔の経典に出会いました。シヴァ神が愛人のデヴィに与えたというタントラの教えです。

苦心の末に英訳し、彼の「禅肉禅骨」という本で紹介しました。

1972年に、インドの神秘家OSHOが、それを「ヴィギャン・バイラブ・タントラ(意識を超えていく技法)」講話シリーズとして紹介し、現在では、世界中数ヶ国語に翻訳されています。

The Book of the Secretsという名のこの本は、数多くあるOSHOの講話シリーズの中でも、最も初期のものに属していますが、瞑想法の教科書として瞑想の指導者やセラピストたちがこの本で紹介される数々の瞑想を研究・実践し、数あるOSHOの講話の中でも最も有名なものとなりました。

マインドを変容し、マインドを超越するあらゆる可能性、あらゆる道がこの本の中にある112の最古テクニックに述べられているとOSHOは言います。

OSHOが、この112種類の瞑想の科学について集中的に語った時期というのは、まだ少数の西洋人の弟子しかいない時期で、その後、OSHOの周りには西欧からたくさんの探求者が集まってきて、その中には多くの有名な心理学者や最先端のセラピストたちもいました。

彼らはこのヴィギャン・バイラブ・タントラと言う112の瞑想法に関するOSHOの注釈・解説を参考にして、21世紀にふさわしいたくさんの瞑想テクニックを開発しました。

瞑想とセラピーの大学ともいえるOSHOマルチヴァーシティでは、心理療法部門やボディワーク部門などがあり、特にミステリースクールと言う部門の中では、ハートセンターにつながる瞑想法やチャクラの瞑想の数々を開発しました。

その中心メンバーであったプラサードやリーラやアルビナという人たちの実験と研究によって、それはハート瞑想として洗練され、現在ユニティーインスティチュートでは、ハート瞑想ティーチャートレーニングも彼らが行っています。

「祝福された者よ、諸感覚がハートに吸い込まれるとき、蓮の中心に達せよ。」

という短い、詩的な経文と、それに対するOSHOの解説に触発されて、たくさんのハートにつながる方法が開発されたのです。

例えばOSHOはこう語ります。

「ハートは蓮で、それぞれの感覚が蓮の花びらだ。まず自分の感覚をハートに結びつける。そして第二にいつもこう考える。それぞれの感覚がハートの奥深くへ入り、そしてハートに吸い込まれると。」

この短い一節を手がかりにして、彼らはハートにつながり、意識を広げていく冒険の旅にでました。

自らの内側を実験室にして、触れたり、聞いたり、見たりといった感覚を通してハートを開いていくための様々なテクニックを作り出しました。

そして彼らは、ハートが開いたら、ものごとをありのままに受容するようになることを発見しました。

この受容性が生まれて、初めて自分の目を、内側に転じることが可能になります。

だからハートを開くことは、瞑想の扉になります。

瞑想とは内側にある闇に光を点していく実験だとしたら、その光のスイッチは、ハートにあることを彼らは発見しました。

その後、インド、アメリカ、ヨーロッパ、日本など世界中の様々な国で、何千人、何万人の人たちがハート瞑想に親しんでいます。

・ ハート瞑想のやり方

横になっても、座っても構いません。

目を閉じて、片方の手か、または両手の平を胸の真ん中に休めます。

そしてただ胸のあたりの身体的な感覚に気づき、それとともにいます。

手が触れていることを感じて、その温かみや涼しさ、そして呼吸を吸ったり吐いたりすると共に、胸が優しく上がったり下がったりすることを感じます。

起こるかもしれないどんな身体の感覚も感じながら、静かに呼吸し続けます。

気づきを保ったま、胸にあるどんなフィーリングとも共にいるにつれて、ハートは広がっていきます。

それとともにあることがハートです。

感覚にも、そして聞こえている音にも、また思考や、感情の流れにも、ただ気づいて、それとともにいます。

感受性が繊細になるに連れて、より深い層のフィーリングが表面化してくることにも気づきます。 

平和なフィーリング、深い満足感を感じるかもしれません。

暖かさや感謝のような、ハートの他の質を感じるかもしれません。

深い沈黙や空っぽさや平和、まるで晴れわたった夜空のような大きな闇も感じるかもしれません。

最初のうちは、長い時間を少ない回数でするよりも、短い時間でも1日に何回も続けていくことのほうが効果的です。

朝目覚めて布団の中にいる時に胸に手を休めてハートを感じたり、くつろいで美しい音楽や自然の音をハートから聞く、またはハートを通して見たり、自分のハートを花に例えてイメージする瞑想もあります。

日常生活の中で、立ち居振る舞いにハートを感じたり、人間関係の中で、ハートからコミュニケーションをしたり、ハートから与えたり受け取ったりしていることに気づくこともできます。

・ ハート瞑想の効果

ハート瞑想にはたくさんの効果がありますが、その最大のものは、ハートセンターが開くことによって、物事や、自分自身の内面に起こる事柄のありまのままを受け容れられることにあるでしょう。

良い悪いの価値判断なく、ハートから受け容れ、見守ることができるようになるので、どんな感情や思考や感覚も、それを否定したり、批判したり、拒絶することがなくなります。

自分自身の中で否定され、批判され、拒絶されたものは、すべて無意識の中に潜ってしまい、自分の目には見えなくなってしまいます。

だから、ハートのスペースが開かない限り、本当の意味での瞑想は起こらないのです。

ハートが開くまでは、価値判断せずに、自分の内側に何が起こっていても、それを受け容れることができません。

ハートが開いて初めて、あるがままを受け入れることができるようになり、すると自分の内側で実際には何が起こっているのかを、くつろいで見守ることができるようになります。

くつろいで、良い悪いの判断なく、見守ることが瞑想のエッセンスです。

それと共にいることができるようになると、気づいたことがなんであつてもそれを分析したり、変えようとすることもなくなるので、今ここにいれるようになります。

すると、思考や感情や感覚といった意識の表層よりも、もっと深くにあるより本質的なエネルギーや強みにも気づけるようになります。

ハートの中心にあるスペースに気づくようになれば、どんな問題のなかにいてもそれに巻き込まれずに、平静でいることができるようになります。

習慣的に反応してしまうのでなく、本質から応答することができるようになります。

するとその応答は、創造的なものとなり、人生は古い条件付けられたパターンを超えたものとなっていきます。