モーセ五書は、別名では「トーラー」、「律法」もしくは「法」(Law)と呼ばれ、ユダヤ教を信仰している人の多くは、まさに神の声にあたると考えています。一方で興味深いことに、ユダヤ教には伝統的に根本主義とは反対の立場があります。
「〈法〉と〈法の魂〉と〈法の魂の魂〉がユダヤ教には伝えられている」という言葉にこの立場のことがよく表されています。
つまり、ユダヤ教には、トーラーという神話と行動規範(法)があるだけでなく、その背後には哲学(法の魂)と、秘伝思想(法の魂の魂)があると考えられているわけです。
この秘伝思想がカバラと呼ばれています。
カバラとは、文字通りには「受け取られたもの」を意味します。カバラは最初、ほんの一部の人に口伝で伝えられるだけだったのですが、後に文書として書き表されるようになりました。
そのうちでも、最も古く基本的であると考えられている文書に、『セーフェル・イェツィラー』(形成の書)があります。この書は西暦2~3世紀ごろに成立したと考えられており、この世界がどのように創造されたかということが凝縮された形で表されています。
参考記事:『カバラ・ハンドブック』
セーフェル・イェツィラーによれば、世界の元になったのは、神の思考(アイン)と神の言葉(アイン・ソフ)と神の行為(アイン・ソフ・オウル)です。
そして、“流出”というできごとが10回起こり、最も精妙な「ケテル」(Kether:王冠)から始まり、最も物質的な「マルクト」(Malkuth:王国)までの10個のセフィロトと呼ばれるものが、そこから出現したとされています。
「セフィロト」(sephiroth)という語は、「数の流出」を意味しています。
“流出”は、やや分かりにくい考え方なので、その説明には、建築がたとえとしてよく使われます。
建物には、その設計図があります。そしてその設計図は、建築家の心の中にある構想を元にして書かれたものです。ですから、建物が造られるときには、構想、設計図、建物という流出が起きて、抽象的で精神的な原因から、具体的で物質的な結果が生じると考えられます。
これと同じように、世界の創造では、神の思考と言葉と行為から流出が起き、抽象的な精神的な世界がいくつも形成され、段階的な具体化が起こり、最後にやっと物質の世界にあたるマルクトができたと古代ヘブライの伝統思想は考えているわけです。
さて、ここからはできれば図を見ながらお読みください。この図は生命の樹を表しています。10個の丸で示されているのがセフィロトです。
セフィロトは、厳しさ、慈悲、仲裁、もしくは女性原理、男性原理、シェキーナーと呼ばれる3本の柱の上に配置されています。
セフィロトに書かれている数字が流出の順番であり、それをたどっていくと、稲妻のような道筋が描かれます。
このブログでは、世界中の古代思想にある不思議な共通点にときどき触れていますが、ここにもその一例があります。
「神」という文字は、古代中国で、もともとは右側の「申」だけだったのですが、「申」は、まさに稲妻の形を表している象形文字です。そのため、「申」という文字と、生命の樹全体の形が似ています。
セフィロトと他のセフィロトは線で結ばれています。この線は全部で22本あり、10のセフィロトと合わせて「32の神秘の英知の道」と呼ばれています。
さて、言霊(ことだま)という考え方は、日本人になじみの深いものですが、古代ヘブライ思想でも、言葉や文字に含まれているエネルギー、パワーがとても重視されていました。
「数と観念」、「発声された言葉」、「文字を用いて書かれた言葉」と事物は、神においては同一であり、”流出”によって、物質の世界では別々になっていると、カバラでは考えられています。
「トーラー」も「セーフェル・イェツィラー」も、もともとはヘブライ語で書かれています。そして、ヘブライ語のアルファベットは22文字からなります。
各々のアルファベットには、文字としての形が意味するもの、数値、発音そのものの象徴的意味が対応していて、トーラーやセーフェル・イェツィラーを解釈するときには、そのすべてを考慮しなければならないとされています。
たとえば、トーラーの最初の書「創世記」は、「最初に」を意味する単語「ベレシト」で始まり、その最初の文字ベートの数値は2です。トーラーの最後の書「申命記」の最後の単語は「イスラエル」で、その最後の文字ラメッドの数値は30です。
この2つの合計の32という数は、先ほどの「32の神秘の英知の道」を示していると考える研究家がいます。
このように、トーラーやセーフェル・イェツィラーは、ヘブライ文字の象徴的意味を通して、何重もの解釈をすることができます。
ヘブライ語のアルファベットの22文字のうちの3文字(アレフ、メム、シン)は、他のすべての文字の元になる字であるとされ、母字と呼ばれています。
また7文字(ベート、ギメル、ダレット、カフ、ペー、レーシュ、タヴ)は複字と呼ばれています。複字には日本語のひらがなやカタカナの濁点のように、ダゲッシュという点を加えることができ、それによって別の発音、別の意味になります。
残りの12文字は単字と呼ばれています。
7文字の複字には、創造の7日間や、曜日(太陽、月と五惑星)が対応しています。12文字の単字は、一年の12か月、十二宮の星座に対応しています。
もう一度、生命の樹を眺めてみてください。セフィロトとセフィロトを結んでいる線には、横の線が3本と、縦の線が7本と、斜めの線が12本あります。このそれぞれが、母字、複字、単字に対応しています。
タロット・カードの大アルカナは22枚であり、セフィロトを結んでいるこの線と、一対一に対応していると考える研究家がいます。
『光の門』(ヨセフ・ヒカティーリャによる翻訳、1516年発行)の表紙の絵
古代哲学では、宇宙のことをマクロコズム、人間のことをミクロコズムと呼んでいました。そして、マクロコズムの周期(cycle)は12の位相(phase)からなり、ミクロコズムの周期は7の位相からなるとされています。
古代の神秘家は、これらの知識をもとに一年を12か月、一週間を7日に定めたわけです。
そして、古代のこれらの知識が、ヘブライ思想としてモーセを通して後の時代に伝えられていきました。
では、モーセはこのような知識をどこから得たのでしょうか。モーセはもともと、古代エジプトの都市ヘリオポリス生まれの神官であったという伝承があります。また、モーセが啓示を得たとされているシナイ山には、エッセネ派の前身であった共同体の神殿があったという伝承があります。
古代ギリシャの哲学者ピュタゴラスは、エジプトの神秘学派で22年間学んだとされていますが、彼は宇宙が数を基礎に設計されていると考え、10を神聖な数と考えていました。
これらとセーフェル・イェツィラーには多くの共通点があることなどから考えると、カバラの元になったのは、古代エジプトの宇宙論ではないかという推測をすることができます。
さて、バラ十字会AMORCではカバラを学ぶことができるのですかという質問をいただくことがあります。
バラ十字思想には、いつの時代も欠かすことのできない要素としてカバラが含まれていました。それは現代でも例外ではなく、当会の学習によって、カバラの多くの要素を身に着けることができます。
しかし、今回取り上げたような、セーフェル・イェツィラー、セフィロトや生命の樹について直接学習し、そこから神秘学の本来の目的、つまり、より良く生きるための英知を手に入れるのは、それほど簡単なことではありません。
そのためには、いくつかの基礎知識が必要とされますし、瞑想などのテクニックをあらかじめ、ある程度は身に着けておかなければなりません。
そのため、当会の学習課程でカバラのことを本格的に学習するのは、学び始めてから、かなりの月日が経ってからになります。
話を戻しますが、最後のセフィロトであるマルクトは、私たちが住んでいる物質の世界を表します。それでは、他のセフィロトは何を表すのでしょう。
先ほどご説明した”流出”のことを考え合わせるならば、物質ではない世界、つまり、物質の世界の基礎となっている精神の世界のことを表すということがご理解いただけることと思います。
しかし、宇宙の創造は時の初めにだけ起こったことではなく、時間を超越したことであり、生命の樹が象徴しているご説明したような宇宙の構造は、私たち人間の心の発達の過程を表すモデルであるとも考えることができます。
このように考えると、セフィロトは意識の状態を表わすことになります。
カバラの研究家の一部は、この意識の状態の象徴として、それぞれのセフィロトに天使を対応させています。
物質の世界に肉体を持つ人間は、宇宙の秩序に最も良く同調したときに、第6のセフィロトであるティファレト(美)にまで、意識のレベルを上昇させることができます。
セーフェル・イェツィラーは、このような高度な意識の状態を達成するための瞑想の道案内であると解釈することもできます。
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