Happy Christmas !

Facebook・清水 友邦さん投稿記事  Happy Christmas !

キリスト教の教義に三位一体がありますが父と聖霊と子の中に女性が含まれていません。

カトリックでは現代になっても女性が司祭になることを認めていません。

キリスト教が最初から男性中心的だったかというと、そうではないようです。

男性原理のマインドに同化してしまった聖書の書き手たちによって聖書が意図的に男性優位に書かれたと研究者に指摘されています。

英語圏では神を彼と呼ぶ男性中心主義の翻訳ではなく「天にいるわたしたちの親よ」と男性性を弱める呼び名に見直されて来ています。

有名なフランス・パリの「ノートルダム寺院」は「私たちの貴婦人」といった意味で「聖母マリア」を意味しています。

マリア信仰の盛んな地域は教会の中央にあるのが「救世主イエス」ではなく「聖母マリア」になっています。

スペインのセヴィージャはマリア信仰の中心地です。

キリスト教は父と精霊と子で女性が省かれていますが、セヴィージャの教会の中央に鎮座しているのは祖母と幼子のイエスを抱えた聖母マリアの三位一体でした。

しかし、神の像を彫んでそれを礼拝することは偶像崇拝としてユダヤ教、キリスト教で伝統的に禁じられてきた背景があります。

プロテスタントはマリア崇拝が、神に対する崇拝から逸脱するものであり、偶像崇拝に接触するとしています。

聖書研究によると、イエスの行状を記述したQ資料があり最初にマルコ伝が作られ、後からそれを元に各福音書が書かれたといわれています。

最も古いマルコ福音書のマリアは神格化されていませんでした。

マルコ福音書第3章でイエスが漁夫や売春婦に福音を述べている時、弟子が「お母さんが外で呼んでおられます」と言ってきた。その時、イエスは「私の母、私の兄弟とは誰のことか。見なさい、ここに私の母、兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」と返答しています。

ヨハネ福音書第2章のガリラヤのカナの婚礼では母マリアに対し、イエスは、「婦人よ、あなたは私と何の係りがありますか」と母をたしなめています。

処女懐胎伝承が記されているのはマルコよりも新しい紀元70~80年の成立とされる「マタイ伝」と「ルカ伝」からです。さらにのちの時代に書かれた聖書外伝の『ヤコブ原福音書」には清浄無垢な処女性が強調されたマリアが詳しく書かれています。

処女懐胎神話はキリスト教以前からあり、エジプトの永遠の処女イシス、ギリシャの女神アテナ、ペルセウスを受胎したダナエ、女神アルテミス、アレクサンドロスの母オリンピアス、朝鮮神話のチュモンの母などがあります。

日本のアマテラスは父イザナギの禊によって生まれ、スサノオとのウケイによって天皇家の先祖のオシホミミを生んでいます。

日本の皇祖神アマテラス、ギリシャの最高の女神アテナ、キリストの母マリア、いずれも処女で母となっています。

神話の構造は社会の変化によって次のように変わっていきました。

1、夫なしに女神から生れた世界

2、戦いの男神によって孕まされた女神から生れた世界

3、父なる男神ひとりによって女神なしで創造された世界

処女懐胎神話の時代は男性原理の社会でした。

それ以前の古代社会は女神である大地からすべてがもたらされる母系社会でした。

子供を産み育てる女性の力はもっとも偉大な力でした。

男性原理が優位になり戦いが始まると男性が軍事リーダーとなり女性の社会的地位が低下しました。

男性中心的な社会になると女性が男性よりも優れ男性よりも上位の位置にいることは男性の苛立ちや、反発を生みました。

男性は善であり高貴、理知的であり女性は本質的に悪であり不浄、低俗で感情的で男性よりも下等すると考えるようになったのです。

その根底には男性が無視することができない母への恐れがあったと思います。

子供の自我が成長して自立する時に、いつまでも子供とべったり離れずに子供の自立を妨げる母親は子どもを呑み込む怪物となってしまいます。

自立を妨げる支配的な母親に対して子供は憎悪をたぎらせます。母と子の融合を断ち切るのが男性原理です。母親に引き戻され、呑み込まれ、溶解してしまう危険を救う神話に「英雄の母殺し」があります。

男性には母親に呑み込まれる恐怖を解消する男性原理の神話が必要だったのです。

女性は少女から大人になり母から老女に変化します。

変化しない聖なる永遠の処女は男性によって理想化された女性の神話でした。

教皇を頂点とした教会の教父達はマインドの罠にはまり女性原理を必死に否定しようとしました。

聖書の神は女性に向かって子供を産むことの呪いの言葉を吐いています。

「わたしは、おまえの産みの苦しみを大いに増す。

おまえは苦しんで子を産む。それでもおまえは夫を慕い、夫はお前を治めるだろう」

2世紀のキリスト教神学者テリトゥリアヌスは激しく女性を罵りました。

「女よお前は痛みと苦しみの中で子を産む。アダムが最初に作られそれからエヴァが作られた。女は夫の支配下にあり、夫がお前の主人である。アダムは騙されなかったが女は騙されて罪をおかした。女に対する神の告発は続いている。お前は最初に神の権威を弱めた。お前は悪魔の部屋だ。お前は巧みに男を負かした。お前の値打ち、死は神の息子の死に値した。」この世に死をもたらした罪はエヴァに負わせました。

キリストの死の責任はエヴァに負っています。そしてマリア以外のすべての女性はエヴァなのです。

アレクサンドリアの教父クレメンスは次のように述べています。「どの女も自分が女であると考えただけで嫌悪感に捉われるべきだ」エヴァは神に逆らい罪と死の地獄の入り口を全人類にもたらし、聖母マリアは神に従順で彼女によって救世主イエスが現れ、全人類に恩寵がもたらせられました。

同じ女性でもエヴァは地獄の入り口で聖母マリアは天国の入り口なのです。

男性原理によって女神は否定性のエヴァと肯定性の聖母マリアの二つに分離しました。

パウロが布教した頃のエフェソスは処女で豊穣の女神アルテミスが一千年以上信仰されていた土地だったので最も激しいキリスト教の反対運動がおきました。

アルテミスもイシスも、死して甦る神の母でした。

やがて地中海沿岸でキリスト教が拡大すると神々の母であるイシス信仰とアルテミスの信仰はマリア信仰へと移植されました。

エジプトのイシス神殿はマリア神殿として巡礼が公認されました。

431年のエフェソス公会議でマリアの「テオトコス(神の母)」の称号が正式に認められるとエフェソス市民は大いに喜んだということです。

787年の第2回ニカイア公会議においてイエスを生んだ神の母マリアは他の全ての創造物よりも上位に位置する独特な立場だとするマリア崇敬が認められました。

その後、男性原理のバランスをとるかのように肖像(イコン)を含むマリア信仰が深くヨーロッパに根付いていきました。

楽しいクリスマスを!!


https://ameblo.jp/ranyokohama/entry-12422959898.html 【マリアとイエスの生死をかけた壮絶な戦い】

https://ameblo.jp/ranyokohama/entry-12423008148.html 【闇に葬られた古代神の黒歴史】

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