里山と信仰

http://www.tml.co.jp/satochiba/2006/3-4.htm    【里山と信仰】 より

第4分科会「里山と信仰」 テーマ ~里山の神さまとの交わり~

●主旨

里山の生き物がざわめく春、里人達も稲作にかかる。「今年も良い米ができますように・・・。」里人たちは人知を超えた自然の力に届くよう祈りつつ働く。

ことある毎に里人は、暮らしを守って下さる神さま、時には生命をも脅かす神さまにも畏敬の念を込めて祈った。そのような八百万神の信仰・文化から、今、私たち現代人が学び伝えられるべきことは何なのか?里山の神さまの意義を語り合い、感じ、考えました。

●講演要旨

講演1.「里山の神さまを訪ねて」 ケビン・ショート氏

人の暮らしと自然の境界を考える学問体系に「人間生態学(Human Ecology)」というものがある。かつて日本人は、集落の入口や道の分岐点等には道祖神やお地蔵様といった石仏を奉り、神聖な場所として木を植えて礼拝した。また、集落の中には寺社を奉り、そこには鎮守の森を育み、守ってきた。時代が移り集落の暮らしが変わり宅地開発を行っても、それら

の木々は恐らく一番最後まで切られずに残る。そうして何百年も経った時、鎮守の森等は生き物の棲家となり、里山の自然が形成されていく。道祖神等と同じように、日本人は田畑や集落を潤す泉には水神を奉って敬ってきた。このような水神信仰は、イギリスやアイルランドのケルト人にもあり、「アイルランドの聖なる井戸(fish stone water holy wellsof Ireland)」という書籍が出版されているし、泉に硬貨を投げ入れる習慣は今も欧州各地に残っている。

このような里山と民間信仰の関わりを考えた時、人の暮らしと自然、精神文化の境界を扱う学問として「精神生態学(Spiritual Ecology)」という考え方に思いいたった。民間信仰とは、自然を畏れる心から生まれるが、この心は「自然の恵みに対する尊敬」と「祟りに対するタブー」が相俟ったもので、自然保護の原点だと言えよう。

講演2.「むらの中の聖なる場所・異界との接点-」  白井 豊氏 

博物館の常設展示である「自然と人間のかかわり」とは、これまで続けてきた歴史地理学の視点からの下総地方西部の景観構造や坂東観音巡礼の研究を基に、本埜村物木集落をモデルとしている。物木には多くの「庚申塔」や「地蔵」等が残され、近年までは集落の入口には「辻切」を奉る風習も残っていた。

庚申塔とはかつて集落の重要行事であった庚申講の記録である。「講」には主婦だけの講である十九夜講(お念仏)等もあるが、講に共通する意識には、この集落の一員となり、運命を共有する者同士が、代々受け継がれてきた田畑を守り、自然の恵みに対する感謝と畏敬の営みにより培われてきた伝統を絶やすまいとする気持がある。最近の研究では、鎮守の森とは、現在観られるようなスダジイやタブの占有林では無く、元来はアカマツ等の松林であったという。

かつては下総台地にも人工的な松林が広がっていた。

これは主に江戸・東京市方面に向けた薪炭用の林で、集落の共同作業としての定期的な伐採と植林により維持されてきた。自然を相手にする農民は、人間の力が到底及ばない深遠で崇高な存在を皮膚で感じて、それらを神仏として信仰するようになり、後に講が形成されてきた。講とは集落の連帯感を深める場であり、農業技術や集落の行事計画といった情報交換

を行う場でもあった。即ち講とは民間信仰であると同時に集落を支える大きな原動力でもあった。今や講等の風習は効率優先で消滅しつつあるが、喪失の代償を考慮すべきであろう。

講演3.「里山における神さまの意義」 中村 俊彦氏

里山の様に信仰に基づく自然保護が残っているのは、世界でも日本だけと言われる。水神や庚申塔、大蛇や大男を想像させる大草鞋を集落の入口に奉る辻切とは、ここから先はムラだから勝手に入るなという意味があると思われ、台座に見猿・聞か猿・言わ猿の三猿が彫られた青面顔金剛像等とともにムラ社会のプライバシー保護の象徴だと解釈される。かつては韓国の集落入口にも天下(男)大将軍・地下(女)大将軍が奉られていたが同様の意味があったと思われる。横穴式古墳の壁画にも描かれているが、里山を象徴する生き物であるトキは災いを祓う神と信じられていた。また、古文書の記述によると日本にも鳥葬の習慣があったが、河岸の横穴を住処とするヤマセミとは死者の魂を運ぶ神の使いだと信じられていた。

このように「鳥」とは「取り」に通じ、ムラ社会の象徴でもあった。今でもゴミ捨て場になりそうな所に神様を奉るとゴミが捨てられ難くなるのは、公共心と信仰心には相通じるものがあるということか。

里山とは、昔からの土地の人々にとっては、人々の心の拠所、学びの情報伝達装置、助け合いの象徴であったのに対し、今の私達にとっては、古えの自然環境・生活文化と歴史を知ると共に、人と自然の調和・共存の有り様を学ぶ場所となっている。これからは人と自然と文化を融合させた新たな科学分野を推し進めて行かねばならない。

語り合い「里山における神さまの役割分担・意義」  講演者と参加者

日本の里山文化とはインドの土着信仰が米作や仏教とともに渡来して、古代日本の土着信仰と融合してできた独特の文化である。道祖神や庚申塔等の石仏類とは芸術品や単純な信仰対象ではなく、何らかのタブーを意味しているので、その場所にある意味を良く考えて配慮すべきで、石碑の表面に彫られた像だけではなく、側面や裏面に刻まれた建立の時期や建立者名も重要である。民間信仰とは、地域の自然と社会とを存続させていく上での重要な事項を抽出したものである。

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