http://erikaishikoro.blog.fc2.com/blog-entry-2908.html 【蕎麦の茎はなぜ赤いの?】より
蕎麦の茎はなぜ赤いのか?
学生時代、地方の方言に興味を持ち、方言の民話を読みあさったことがあった。
夏休みに帰省したときは、ふるさとの民話を収集してまわり、研究室の機関誌にシリーズで掲載したこともあった。
民話は、その土地その地域の特色ある生物や産物、土着信仰と密接な関わりがあり、伝承される話に魅せられる。民話は、子供だけでなく大人までファンタジーの世界へと誘う。
岩手県北上山地の最高峰、早池峰山の麓に広がる遠野市、遠野郷は民話の里として全国に知られ、このイメージを定着させたのがおよそ100年前に出版された柳田國男の「遠野物語」である。
遠野の人、佐々木喜善さんは遠野に伝わる民話をたくさん知っていた。民俗学者・柳田国男は1908年、佐々木喜善さんと出会い、彼女の語る遠野の数々の話に魅了された。
明治43年これらの話しを119話からなる「遠野物語」にまとめ刊行した。その中でも代表的は話は、「オシラサマ」「ザシキワラシ」「かっぱの話」などがある。
それは、記録の客観性を重視しながらも文学性の高いものになっている。
「遠野物語」は、遠野を伝承民話の宝庫として一躍有名にした。
遠野物語の世界を現在の遠野に見るのは難しいが、豊かな自然と多くの古社寺に囲まれた生活の中に、今もその心は生きつづけている。
遠野のみならず、全国どこの地方にも、その土地独自の民話が語り継がれている。
いくつか紹介してみる。
遠野物語を辿る旅
「遠野物語」からその代表作「オシラサマ」
昔あったずもナ。ある百姓屋に、とど(父)とかが(母)と、かわいい娘と若駒が一頭住んでいたド、
年が経つにつれ、娘は輝くばかりに美しくなり、若駒も立派な馬っこになっていたド。
娘は何かするとすぐ馬屋さ行って、馬とばかり楽しそうに話ッコしたり笑ったりしているんだド。そこで、とど(父)がたずねると「おら、ほだって馬と夫婦になるもの」
と、娘が答えたド。とど(父)は、たんまげで
「そんな馬鹿な。人間と馬が夫婦になるなんて」と絶句した後 「お前(娘)もお前だが、馬も馬だ」と、 いうなり馬をひっばり出すと、桑の木につるして皮をはぎ始めたド。娘が「そんなごど、やめてけろ」って叫んでも、父はきかなかったド。
もう少しではぎあげる時、不思議にも馬の皮がすっぽりと娘を包んで、天に昇ってしまったド。
父と母は、嘆き悲しんだが、後の祭りだったド。
ある晩、娘が夢枕に立って教えたド。
「おれの親不孝許してけろ。その代わり○月○日庭の 臼の中見てけろ、その虫を桑の葉で養ってまゆッコ作れば高く売れるから」なるほどその通りで、オシラサマは、養蚕の神様になったんだド。
また、オシラサマは目の神様でもあり、女の病気の神様、お知らせ(予言)の神様でもあるんだどサ。
ドンドハレ。
「オオヒキ(ガエル)の恩返し」 秩父・秩父地区
昔、荒川流域の寺尾に心の優しいおじさんが一人で暮らしていた。ある日河原に蚕籠を洗いに行った時、子供たちにいじめられていた大きなヒキガエルを銭を出して買い取って助けてやった。その晩、オオヒキガエルが夢枕に立ち、「近いうちに大水が出るから田船を作っておかっせ。」と告げた。
おじさんは忠告に従って田舟を作り、備えていたら幾日かして渡し場も飲み込む大水が出て、下流では田畑や家、木も人も獣も流された。山崩れが起こり、でっかい淵が幾つも出来た。おじさんは田舟を繰り出して人や、獣でもみんな手当たり次第助けてやった。
大水が引けて4,5日して、助けられた獣たちがおじさんの所にやってきて「お陰様で命拾いをしました。ありがとうござんした。僅かでんすが」と、猿は木の実を、狸はゲンノショウコを、狐は山に隠していた宝物を持ってきてくれた。
ところが助けられた人間はお礼を言うどころか、あべこべに村役人に訴えて、あの人は狐や狸から宝物を貰って隠していると告げ口した。
ちょうどその頃、殿様のお姫様が重い病気で苦しんでいた。この話を聞いたお人好しのおじさんが早速、狸から貰ったゲンノショウコを持ってお城に出掛けて、ゲンノショウコを飲むように進言したところ利き目あらたかで、お姫様の病が治った。喜んだ殿様に訊ねられて、おじさんは、助けてやったオオヒキガエルの忠告に従って用意していた田舟で大水から人間と獣とを助けたこと、獣がお礼に来てくれたが人々は悪口を言ったことを語って聞かせた。
事情を知った殿様の呟き「獣でもお礼の心を持っておるのに、さてはて人間どもには困ったものだ。」
ソバの茎はなぜ赤い?
ソバの茎はなぜ赤い?
やまんばと赤い蕎麦の茎 (蕎麦を栽培する地方に残る)
むかしむかし、あるところに母親と三人の子供が暮らしていました。
ある日、母親が親戚の家へ餅つきの手伝いに行くことになり、子供達に「いいかい、母ちゃんが帰ってくるまで、誰が来ても戸を開けちゃいけないよ」と言って出かけました。
母親が家路につく頃には、あたりはもう真っ暗で、餅を背負い山道を歩いていると突然山姥が出てきて、「餅を食わせろ!」と言ってついてきました。仕方なく餅をやると、山姥はあっという間に食べてしまい「もっと食わせろ!」と言います。
母親は仕方なく餅をやりましたが、これもすぐに食べてしまいました。そうこうしているうちに母親の持っている餅も底をつき、山姥はとうとう母親も食べてしまいました。
山姥は子供達も食ってやろうと、母親に化けて家へと向かいました。
戸口の外から「今帰ったよ」と言う声に、一番下の子が喜んで戸を開けようとすると上の子が「本当に母ちゃんなら、ここから手を出してよ」と言って、隙間から手を入れさせました。すると、ガサガサした手をさわって「この手は母ちゃんじゃない!化け物の手だ!」と言って 戸を開けようとしませんでした。
山姥は「これは餅がついたんだよ、すぐに洗ってくるからね」と言って、畑の里芋の葉をとってかぶせもう一度隙間から手を入れました。 一番下の子は「すべすべしているから母ちゃんだ!」と言って戸を開けてしまいました。
その夜、山姥は一番下の子を抱いて床につきました。 夜中になって、二人の子はガリガリという音に目を覚ましました。「何しているの?」と聞かれた山姥は「漬物を食べてるんだよ。お前達も食べるかい?」と言って、子供達に投げました。
それはなんと、一番下の子の指だったのです。
二人はびっくりして、どうやって逃げ出そうか考え「おしっこ」と嘘をついて外に出て近くの大きな木に登って隠れていました。
やがて、子供達が逃げたと知った山姥が探しに出てきて、木の上の二人を見つけました。
山姥は恐ろしい声で「どうやって登ったんだい?」と聞くと「滑らないように足に糊をつけて登った」と嘘を言いました。
山姥も足に糊をつけて登ろうとしますが、滑って登れません。 騙されたと知った山姥はますます怒り、その恐ろしさについ「鋸できずつけて登った」と本当のことを言ってしまいました。山姥も鋸で滑り止めの傷をつけて登ってきました。
逃げ場を失った二人は、天に向かって「鎖をおろして助けて下さい」と叫ぶと空からするすると鎖がおりてきて、二人はそれにつかまって天へと登っていきました。
これを見た山姥も「くされをおろしてくれ」と叫ぶと、今度は腐った綱がおりてきました。
山姥は、それにつかまり子供達を追いかけているうちに綱が切れ、真っ逆さまに地面へと
落ちて行きました。
山姥が落ちたのは蕎麦畑で、山姥の血で真っ赤に染まりました。
それ以来、蕎麦の茎は赤くなったのだそうです。
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