http://bryologist.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_360e.html 【蘚類と苔類はどこがちがうのか?】 より
コケの勉強を始めた最初の頃に気になる疑問のひとつに,蘚類と苔類とはどこが違うのだろうかがあります.
とおり一遍の関心しかない場合には,昔学校で習った「蘚類=スギゴケ,苔類=ゼニゴケ」という陳腐な図式でなんとなくわかった気がしてしまいます。
しかし、それではもう理解進むことはありません.苔類と蘚類はどこが違うのか?これが気になりだしたら,かなり勉強が進んでいる証拠なのです.コケ植物とつきあい始めると、苔類の中にも茎と葉に分かれた蘚類のようなからだを持つ種類が思いの外たくさんあることが分かりはじめるからです.
こうした疑問を持つことは,たとえそれでベテランの人たちをうるさがらせたとしても,とても大切なことなのです.
コケ植物の三大分類群である蘚類と苔類,そしてツノゴケ類の違いを簡単にまとめてみましょう.細胞レベルよりも細かい点における、これら三つの分類群の違いは,生物学的にはとても重要なのですが,そこまで立ち入るのはこの本の範囲を超えてしまいます.ここでは,肉眼や低倍率の顕微鏡で分かる範囲に話を限定します.例外も少なくないのですが,それもあえて触れません.
蘚類 苔類 ツノゴケ類
原糸体: 糸状 塊状 塊状
植物体: 茎葉体 茎葉体・葉状体 葉状体
仮根: 多細胞 単細胞 単細胞
葉: 深く切れ込まない 深く切れ込む ない
中肋: ある ない ない
油体: ない ある ない
蘚帽: ある ない ない
朔柄: 丈夫 軟弱 ない
朔の気孔:ある ない ある
朔歯: ある ない ある
弾糸: ない ある ある*
(*ツノゴケと苔類の弾糸は形態と機能がかなり異なる)
コケ植物とひとくくりにされることが多いのですが,簡単に観察できる形質だけでもこれほど違うのです.共通する点はほとんど無いに等しく、それではコケ植物とはいったい何ものなのだろうかという疑問がわくかもしれません.
植物分類学の世界で、なぜ蘚類、苔類、そしてツノゴケ類がひとまとめにされてきたかというと、配偶体が生活史の主体を占める,ただこの一点だけがその理由であるといっても良いでしょう.
たしかに光合成色素としてクロロフィルaとbの二つを持つこと,造卵器を持つこと,精子をつくること,維管束を持たないこと,根がないこと,茎と葉を分化させること,胞子で繁殖することなど、コケ植物に共通する特徴はいくつかあります.
これらの特徴を組み合わせることで、他の植物から区別することは可能です.しかしこれら一つ一つの特徴についてよく考えてみると,コケ植物よりも原始的な植物群である緑藻類と共通するものであったり,あるいはシダ植物以上の高等植物と言われる植物群と共通するものであったりします.
そして,現代の植物系統学ではそういった特徴は,植物の系統関係を探る際に使えないことがわかっているのです.これこそがコケ植物だという,はっきりとした特徴がないといっても良いのかもしれません.それはなぜなのでしょうか.
最近著しく進歩をとげた学問分野に,分子系統学があります.これはDNA上にちりばめられた遺伝子を解析し、その塩基配列を直接読みとって,塩基配列を比較することで生物の類縁関係を探ろうとするものです.多くの分類群を調べることで系統関係も明らかにすることができます.
塩基配列の変更は突然変異によって起こり,この突然変異というものは無作為的に生じるものと考えられていますから,生物の系統を再構築する際に非常に有効な手段です.この分子系統学が最近あげた成果の一つに,蘚類と苔類とは全く違った系統群であることを示したものがあります.
藻類から陸上植物が進化してくる際に苔類がもっとも古くに分岐して,その後に蘚類,ツノゴケ類,シダ類,裸子植物,顕花植物と分かれてきたというのです.もしこれが本当だとすると,蘚類,苔類,ツノゴケ類をひとまとめにしてコケ植物と名付けることは,少なくとも学問的には意味のないことになりますし,そうであれば蘚類と苔類はどこが違うのか?という疑問も,その意味するところはかなり異なったものになるはずです.
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