季語における「夕焼」についての考察 日本人の「夕焼」と和歌・俳句 ②

https://jikan.at.webry.info/201408/article_7.html  【季語における「夕焼」についての考察 日本人の「夕焼」と和歌・俳句 その5】

明治時代の「夕焼」

 大歳時記春夏編の「夕焼」を見ると高野公彦がかなり詳しく書いてあり、「平安時代以降『夕暮』の興趣に対する人々の関心はほとんど秋の夕暮に向けられ、ついで春の夕暮れなどもかえりみられるようになったが、しかし夏の夕暮れに対して歌人たちは長いあいだ無関心だったようである。・・・俳諧においても、江戸時代にはまた『夕焼』は季題として確立していなかったろう。明治時代の季題別句集である『春夏秋冬』や『子規句集』などにも『夕焼』の季題はみえない。たぶん本当に季題となったのは大正時代以降と思われる。」と書いてあります。

子規の「夕焼」

 そこで、子規句集以下が載っている現代俳句集成(河出書房新社)第2巻から順に追っかけてみることにした。

 正岡子規は、日暮里駅と鶯谷駅の間の根岸に居を構え、そこで亡くなったので、夕暮の句は多いかと思ったが、わずか14句でした。あまり関係は無いですが。

  船焼けて夕栄えの雁乱れけり      (秋:雁)

  夕栄えや月も出て居て雲の峰      (夏:雲の峰)

  聾(つんぼ)なり秋の夕の渡し守     (秋:秋の夕)

  秋の暮盲の按摩我を見る         (秋:秋の暮)

  夕暮の小雨に似たり水すまし       (夏:水すまし)

  杉高く秋の夕日の茶店かな        (秋:秋の夕日)

  十一人一人になりて秋の暮        (秋:秋の暮)

  酒あり飯あり十有一人秋の暮       (秋:秋の暮)

  日蓮の死んだ山あり秋の暮         (秋:秋の暮)

  山門をぎいと鎖(とざ)すや秋の暮     (秋:秋の暮)

  蜩(ひぐらし)や神鳴晴れて又夕日    (秋:蜩)

  掛稲に螽(いなご)飛びつく夕日かな   (秋:稲)

  一つ家に鴨の毛むしる夕かな       (冬:鴨)

とあり、ついに

  夕焼や鰯の網に人だかり      (秋:鰯)

と季題が「秋:鰯」で「夕焼」子規の時代には、「夕焼」が季語としてなっていないことが確められました。

 子規の短歌では、

  夕日影照り返したる山陰の桃の林に煙立ちけり

がみられました。

明治時代の歳時記における「夕焼」

 歳時記でも追っかけてみると、「俳句入門叢書 俳句新歳事記 寒川鼠骨編」(明治32年)、「新脩歳時記 中谷無涯編」(明治42年)、「俳諧ポケット歳時記 服部耕石編他」(明治43年)には、「秋の暮」、「秋の夕」はありますが、「夕焼」を季題として取り上げている物はないのがわかりました。

 明治時代の短歌では

  幼きをふたりつれたち月草の磯辺をくれば雲夕焼す 伊藤左千夫

  君がある西の方よりしみじみと憐れむごとく夕日さす時 与謝野晶子

などがありました。

https://jikan.at.webry.info/201408/article_8.html  【季語における「夕焼」についての考察 日本人の「夕焼」と和歌・俳句 その6】

大正期の「夕焼」

続いて大正時代を調べると

  夕焼のはたと消えけり秋の川    (秋:秋の川) 村上鬼城 大正6年

  夕焼空に五位ほのと見し宵の春   (春:春の宵) 富日木歩 大正3年

  夕空に蚊の湧き上る軒葡萄     (秋:葡萄)   富日木歩  ~

  夕空に弓打つ子等や黍の風     (秋:黍)   富日木歩 9年

  夕空や野の果て寒き街づくり     (冬:寒)   富日木歩 大正9年~

  夕照りやしろ/ゞ寒き家あはひ    (冬:寒)   富日木歩 11年

  山の夕陽の墓地の空海へかたふく         尾崎放哉 大正13年~

  山は夕陽をうけてかくすところなし           尾崎放哉 14年

  屋根屋根の夕焼くるあすも仕事がない       栗林一石路 不明

  夕焼け杉間から茶店に暗くされてゐる       栗林一石路 大正14年

  夕焼寒ふ杣小屋の大きな鋸     (冬:寒)   大橋裸木 大正13年

  夕空心に焼けかかりしみじみ陸の恋しき      大橋裸木 大正12年

ときてついに季題が「夕焼」の長谷川零餘子の大正13年発刊の句集から

  夕焼や手にせる魚を喜びて     (夏:夕焼) 大正8年

  夕空に身を倒し刈る晩稲かな   (秋:晩稲) 大正8年

  夕焼けし雲一片や月の下      (夏:夕焼) 大正12年

と最初の用例が見つかった。

 さらに蘇南(明治6~昭和6年)は

夕焼や水に生きたる草の色       (夏:夕焼) 大正15

がありました。

高濱虚子、河東碧悟桐と「夕焼」

 高濱虚子と河東碧悟桐は、ともに松山市出身で松山中学校で同級生であり、ともに子規に師事し、子規の後継者としてホトトギスを支えてたが、明治34年に不仲となっています。

 虚子の俳句を[高濱虚子全句集」(毎日新聞社)からみてみると

  蝶ひら/\仁王の面の夕日かな (春:蝶) 明治27年

  蜻蛉飛ぶ川添ひ行けば夕日かな (秋:蜻蛉)明治28年

  草枯れて夕日にさはるものはなし (冬:枯草)明治28年

  雲焼けて凧荒るゝ夕烏        (冬:凧) 明治29年

  磯畑の夕日に立てる冬木かな   (冬:冬木) 明治29年

  遠山に日の当りたる枯野かな   (冬:枯野) 明治33年

  夕影は流るる藻よりも濃かりけり  (夏:藻)  昭和6年

  夕空にぐん/\上る凧のあり   (冬:凧) 昭和8年

  夕焼の雲の中にも仏陀あり    (春:夕焼) 昭和11年3月 コロンボ

  この国の溝川までも夕焼けす  (春:夕焼) 昭和11年4月 オランダ

とこの2句は洋行中で、春なのですが季語は「夕焼」かと思います。

  夕闇の蘆萩音なく舟着きぬ     (秋:荻) 昭和13年

  夕闇の迷ひ来にけり吊葱      (夏:葱)  昭和16年

  けふの日も夕暮や破芭蕉      (秋:芭蕉) 昭和17年

  夕紅葉色失ふを見つゝあり     (秋:紅葉) 昭和20年

  夕焼の黄が染まり来ぬ夕立あと (秋:夕焼)昭和21年8月22日

  夕焼のさめて使ひの帰らざる  (夏:夕焼)昭和21年7月21日

と日付を見る限りはバラバラなことがわかります。

 碧悟桐は、三句しか発見できませんでした。

  泣きやまぬ子に灯をともすや秋の暮  (秋:秋の暮) 大正4年以前

  夕暮のほの暗くなりて蚕棚       (春:蚕)

  地震知らぬ春の夕の仮寝かな    (春の夕)

大正時代の短歌の「夕焼」

大正時代の「夕焼」を扱った歌は、前述の白秋以外では、

  夕焼くる雲もあらねば高原の奧所明るく黄に澄めるかも 島木赤彦

  夕焼空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖の静けさ 島木赤彦

  大河口の夕焼がたの船工場音をやめたりその重き音を   中村憲吉

  鶏のひろき屋庭に出でゐるが夕焼けどきを過ぎてさびしも 釈迢空

若山牧水の短歌(大正3年発行「秋風の歌」4年発行「砂丘」)では、

  夕かけて照りもいだせる秋の日にさそはれて家を出でにけるかな

  秋風のゆふべのそらにひともとのけやきの梢吹かれて立てり

  夕日さしきりぎりすなきこほろぎなき百舌鳥もいつしか啼きそめにけり

昭和初期(戦前)の「夕焼」

  夕栄に起きざらめけり稲雀 (秋:稲) 日野草城 昭和2年

  夕栄を濁す焚火の煙かな (冬:煙) 日野草城 昭和2年

  金魚大麟夕焼の空の如きあり   (夏:金魚)松本たかし昭和4年

  夕焼は膳のものにも染めにけり  (夏:夕焼)富安風生昭和12年

と松本たかしの昭和4年では季語として扱っておらず、長谷川零餘子の用例から8年

たっても一般の俳人には浸透しなかったと思われます。

 しかし、山口誓子(明治34年~平成6年)になると夏の「夕焼が」頻繁に使っております。

「季題別 山口誓子全句集」(本阿弥書房)によると

  夕焼けて磔刑の主あり花圃の中     昭和2年 (凍港)

  夕焼けて甲板は物を煮る匂ひ      昭和8年 (黄旗)

  病めるわれ夕焼けて船と赧らめる    昭和15年 (七曜)

  船夕焼け病者の手帳文字なし      昭和15年 (七曜)

  万噸の船内夕焼け正餐すむ        昭和15年 (七曜)

  船の点燈夕焼激しき刻に先んず     昭和15年 (七曜)

  書燈いつも船は夕焼また朝焼      昭和15年 (七曜)

  上天の雲の永くも夕焼くる         昭和16年 (七曜)

  厠上の樹夕焼濃ゆし手を浄む       昭和16年 (七曜)

  夕焼は陸にも海にも照りあまる      昭和16年 (七曜)

  身を拭けば海の夕焼美を尽す       昭和18年 (激浪)

  食終へて夕焼の下に蜑びとら       昭和19年 (激浪)

  投函を思ひ夕焼の中すすむ        昭和19年 (激浪)

  面映えて夕焼の橋に僧と逢ふ       昭和19年 (激浪)

  道の辺に夕焼はげしきただの土手    昭和19年 (激浪)

  潦(にはたづみ)夕焼けて海に近づく道 昭和19年 (激浪)

  天焼くるゆうべ手桶に水湛へ       昭和19年 (激浪)

  夕焼けて長き渚を来つつあり       昭和19年 (激浪)

  街道の裏ははげしき夕焼田        昭和19年 (激浪)

 さらに昭和20年の句集「遠星」、21年の「晩刻」に多数作句しています。まさに「夕焼」の魅力に魅せられたかのようです。

 しかし詳しく見てみると「病めるわれ」から「書燈いつも」までは、「平安丸」と題され昭和15年の5月と初夏に、16年の「夕焼ける陸にも」は秋の部類となっており、さらに昭和21年の「晩刻」を詳しく調べてみると日付が記載しており

  7月 1日 夕焼けて葭間の水を隠し得ず

  7月12日 夕焼けて厳に湛ふる水に染む

  7月20日 夕焼の天の隅々うらがなし

とあり

  9月28日 夕焼の下を進めり猟の犬

   〃    夕焼に孤独なりけりゆまりして

   〃    夕焼けて西の十万億土透く

   〃    夕焼けしときにはつかに蘆の花

   〃    鷺の群大夕焼と空に逢ふ

  9月29日 夕焼に出で立つあまた句を選び

と夏と秋の両方の季語としているとしか考えられません。

 さらに

 夕焼の中執心す油蝉            昭和19年 (激浪)

 夕焼のやがてさめゆく蟻地獄       昭和19年 (激浪)

では、季語は「油蝉」、「蟻地獄」となって、「夕焼」ではありませんし、

 夕焼濃き秋の野路より農婦来る     昭和19年(激浪)

では、季語は「秋野」です。

 また、中村汀女は、昭和11年頃の句に

  夕焼や梅も桜も固けれど         (冬:冬芽)

  夕焼けてなほそだつなる氷柱かな   (冬:つらら)

21年には、

  夕焼に向かって歩み入る如し

 が秋の句の間に入っていることから、「夕焼」は季語として理解していなかったことがわかります。

 加藤楸邨は昭和21年8月に北海道を旅し、

  夕焼けぬ一木もなと海霧の中

など5句あり、同じく季語としていなかったと考えられます。

 自由律の放浪の俳人の種田山頭火(明治25年~昭和15年)は、季語あるなしは関係ないのですが、以下の三句見つけました。参考として。

  鎌をとぐ夕焼おだやかな     昭和10年

  朝焼夕焼食べるものがない         昭和13年

  また一日ががをはるとしてすこし夕焼けて   昭和13年

https://jikan.at.webry.info/201408/article_9.html  【季語における 「夕焼」についての考察 日本人の「夕焼」と和歌・俳句 その7】 より

それ以外を含めた明治・大正・昭和(戦前)の俳句は以下の通り。

明治~昭和20年までの「夕焼」他の俳句

季節 季語 俳句 作者 制作年又は刊行年

秋 雁 船焼けて夕栄えの雁乱れけり 正岡子規  

夏 雲の峰 夕栄えや月も出て居て雲の峰 正岡子規  

秋 秋の夕 聾(つんぼ)なり秋の夕の渡し守 正岡子規  

秋 秋の暮 秋の暮盲の按摩我を見る 正岡子規  

夏 水すまし 夕暮の小雨に似たり水すまし 正岡子規  

秋 秋の夕日 杉高く秋の夕日の茶店かな 正岡子規  

秋 秋の暮 十一人一人になりて秋の暮 正岡子規  

秋 秋の暮 酒あり飯あり十有一人秋の暮 正岡子規  

秋 秋の暮 日蓮の死んだ山あり秋の暮 正岡子規  

秋 秋の暮 山門をぎいと鎖(とざ)すや秋の暮 正岡子規  

秋 蜩 蜩(ひぐらし)や神鳴晴れて又夕日 正岡子規  

秋 稲 掛稲に螽(いなご)飛びつく夕日かな 正岡子規  

秋 鴨 一つ家に鴨の毛むしる夕かな 正岡子規  

秋 鰯 夕焼や鰯の網に人だかり 正岡子規  

春 蝶 蝶ひら/\仁王の面の夕日かな 高濱虚子 明治27年

秋 蜻蛉 蜻蛉飛ぶ川添ひ行けば夕日かな 高濱虚子 明治28年

冬 枯草 草枯れて夕日にさはるものはなし 高濱虚子 明治28年

冬 凧 雲焼けて凧荒るゝ夕烏 高濱虚子 明治29年

冬 冬木 磯畑の夕日に立てる冬木かな 高濱虚子 明治29年

冬 枯野 遠山に日の当りたる枯野かな 高濱虚子 明治33年

夏 藻刈 夕影は流るる藻よりも濃かりけり 高濱虚子 昭和6年

冬 凧タコ 夕空にぐん/\上る凧のあり 高濱虚子 昭和8年

夏 夕焼 夕焼の雲の中にも仏陀あり 高濱虚子 昭和11年

秋 夕焼 この国の溝川までも夕焼す 高濱虚子 昭和11年

夏 赤道 赤道の夕焼雲に船は航く 高濱虚子  

秋 荻 夕闇の蘆萩音なく舟着きぬ 高濱虚子 昭和13年

夏 葱 夕闇の迷ひ来にけり吊葱 高濱虚子 昭和16年

秋 芭蕉 けふの日も夕暮や破芭蕉 高濱虚子 昭和17年

秋 紅葉 夕紅葉色失ふを見つゝあり 高濱虚子 昭和20年

秋 夕焼 夕焼の黄が染まり来ぬ夕立あと 高濱虚子 昭和21年

夏 夕焼 夕焼のさめて使ひの帰らざる 高濱虚子 昭和21年

秋 秋の暮 泣きやまぬ子に灯をともすや秋の暮 河東碧悟桐 大正14年以前

春 蚕 夕暮のほの暗くなりて蚕棚 河東碧悟桐 大正14年以前

春 春の夕 地震知らぬ春の夕の仮寝かな 河東碧悟桐 大正14年以前

秋 秋の川 夕焼のはたと消えけり秋の川 村上鬼城 大正6年

春 春の宵 夕焼空に五位ほのと見し宵の春 富日木歩 大正3~9年

秋 葡萄 夕空に蚊の湧き上る軒葡萄 富日木歩 大正3~9年

秋 黍 夕空に弓打つ子等や黍の風 富日木歩 大正3~9年

冬 寒 夕空や野の果て寒き街づくり 富日木歩 大正9~11年

冬 寒 夕照りやしろ/ゞ寒き家あはひ 富日木歩 大正9~11年

    山の夕陽の墓地の空海へかたふく 尾崎放哉 大正13~14年

    山は夕陽をうけてかくすところなし 尾崎放哉 大正13~14年

    屋根屋根の夕焼くるあすも仕事がない 栗林一石路 不明

    夕日落ちたるを見とどけて二階をおりる 栗林一石路 大正12年

    夕日に尻をむけて明るく静かなる牛 栗林一石路 大正12年

    夕焼け杉間から茶店に暗くされてゐる 栗林一石路 大正14年

夏 夏 夕日に夏から崖の人夫 栗林一石路 昭和2年

夏 夕焼 夕焼や手にせる魚を喜びて 長谷川零餘子 大正8年

秋 晩稲 夕空に身を倒し刈る晩稲かな 長谷川零餘子 大正8年

夏 稲 夕焼けし雲一片や月の下 長谷川零餘子 大正12年

秋 秋の風 焼け原の日も暮れゆく秋の風 臼田亜浪 大正12年

    夕空心に焼けかかりしみじみ陸の恋しき 大橋裸木 大正12年

冬 寒 夕焼寒ふ杣小屋の大きな鋸 大橋裸木 大正13年

    夕日通す居間の照り返す襖の古びぬ 喜谷六花 大正14年

冬 枯葉 夕日眺め枯葉ひとつら寒さ来ぶ 飛鳥田○無公 大正14年

夏 夕焼 夕焼や水に生きたる草の色 南蘇  

  案山子 夕空のながみわたれる案山子かな 富安風生 大正15年

夏 夕焼 夕焼は膳のものにも染めにけり 富安風生 昭和12年

秋 稲 夕栄に起きざらめけり稲雀 日野草城 昭和2年

冬 焚火 夕栄を濁す焚火の煙かな 日野草城 昭和2年

夏 金魚 金魚大麟夕焼の空の如きあり 松本たかし 昭和4年

    夕日さびしく鳴かずも虫か瓜食めり 荻原井泉水  

    夕日ながれて浜の木梢傾けり 荻原井泉水 昭和6年

    夕空の赤さ寝返りて見ており暮る 荻原井泉水 昭和6年

    夕乳しぼる牛が鳴き海は夕日 荻原井泉水 昭和7年

    夕日ほつとりと障子に凪きし島の家 荻原井泉水 昭和8年

    夕日の我影おもたくて曳くに堪へず 荻原井泉水 昭和8年

夏 袋蜘蛛 夕焼けて土の古さや袋蜘 吉岡禅寺洞 昭和7年

秋 蜻蛉 蜻蛉やいま起っ賤も夕日中 芝不器男 昭和9年

  落穂狩 沈む日のたまゆら青し落穂狩 芝不器男 昭和9年

夏 夕焼 夕焼けて磔刑の主あり花圃の中 山口誓子 昭和2年

夏 夕焼 夕焼けて甲板は物を煮る匂ひ 山口誓子 昭和8年

夏 夕焼 病めるわれ夕焼けて船と赧らめる 山口誓子 昭和15年

夏 夕焼 船夕焼け病者の手帖テチョウ文字なし 山口誓子 昭和15年

夏 夕焼 万噸の船内夕焼け正餐すむ 山口誓子 昭和15年

夏 夕焼 船の点燈夕焼激しき刻に先んず 山口誓子 昭和15年

夏 夕焼 書燈いつも船は夕焼また朝焼 山口誓子 昭和15年

夏 夕焼 上天の雲の永くも夕焼くる 山口誓子 昭和16年

夏 夕焼 厠上の樹夕焼濃ゆし手を浄む 山口誓子 昭和16年

秋 夕焼 夕焼は陸にも海にも照りあまる 山口誓子 昭和16年

夏 夕焼 身を拭けば海の夕焼美を尽す 山口誓子 昭和18年

夏 夕焼 食終へて夕焼の下に蜑びとら 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 投函を思ひ夕焼の中すすむ 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 面映えて夕焼の橋に僧と逢ふ 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 道の辺に夕焼はげしきただの土手 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 潦(にはたづみ)夕焼けて海に近づく道 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 天焼くるゆうべ手桶に水湛へ 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 夕焼けて長き渚を来つつあり 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 街道の裏ははげしき夕焼田 山口誓子 昭和19年

夏 油蝉 夕焼の中執心す油蝉 山口誓子 昭和19年

夏 蟻地獄 夕焼のやがてさめゆく蟻地獄 山口誓子 昭和19年

秋 秋野 夕焼濃き秋の野路より農婦来る 山口誓子 昭和19年

夏 夕焼 夕焼の黄なればこゝろしづまりて 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 椅子にある身のその蓋に夕焼くる 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 歩を進めがたしや天地夕焼けて 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 夕焼をま白き額(ぬか)の来りけり 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 松の木の夕焼やゝにさめゆけり 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 対岸の町夕焼けて河港あり 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 木船の修理のことも夕焼けて 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 夕焼や思ひかへして貝拾ふ 山口誓子 昭和20年

夏 夕焼 夕焼の方へ線路のやゝ曲る 山口誓子 昭和20年

  蘆アシ 夕焼けて葭間の水を隠し得ず 山口誓子 昭和21年

    夕焼けて厳に湛ふる水も染む 山口誓子 昭和21年

    夕焼の天の隅々うらがなし 山口誓子 昭和21年

秋   夕焼の下を進めり猟の犬 山口誓子 昭和21年

秋   夕焼に孤独なりけりゆまりして 山口誓子 昭和21年

秋   夕焼けて西の十万億土透く 山口誓子 昭和21年

秋 蘆 夕焼けしときにはつかに蘆の花 山口誓子 昭和21年

秋   鷺の群大夕焼と空に逢ふ 山口誓子 昭和21年

秋   夕焼に出で立つあまた句を選び 山口誓子 昭和21年

    鎌をとぐ夕焼おだやかな 種田山頭火 昭和10年

    朝焼夕焼食べるものがない 種田山頭火 昭和13年

    また一日ががをはるとしてすこし夕焼けて 種田山頭火 昭和13年

夏 蟻 蟻の列は粛然と夕焼けぬ 川端茅舎 昭和9~16年

冬 冬芽 夕焼や梅も桜も固けれど 中村汀女 昭和11年

冬 つらら 夕焼けてなほそだつなる氷柱かな 中村汀女 昭和11年

    夕焼けて山々の裾人家かな 中村汀女 昭和18年

    夕焼も知らで母は只ひとり 中村汀女 昭和19年

    子を遠く大夕焼に合掌す 中村汀女 昭和19年

秋アキ   夕焼に向って歩み入る如く 中村汀女 昭和21年

    夕焼やまだ乗る船も定まらず 中村汀女 昭和22年

    夕焼の汐のしぶきの重たさよ 中村汀女 昭和22年

    夕焼の覚まきし汐の澄スわたる 中村汀女 昭和22年

    夕焼けて何もあはれや船料理 中村汀女  

    妻祷る真黄色なる夕焼けに 中村草田男 昭和11年

冬 冬夕焼 冬夕焼過不及もなき笑ひ声 中村草田男 昭和16年

夏 夕焼 下雲へ下雲へ夕焼移り去る 中村草田男

夏 夕焼 夕焼や生きてある身のさびしさに 鈴木花蓑 昭和16年

夏 雪の下 夕焼は映らず白きゆきのした 渡辺水巴 昭和16年

冬 寒雲 寒雲の夕焼けはしいくさ勝つ 渡辺水巴 昭和16年

夏 夕焼 惨として大英帝国夕焼す 山口清邨  

    今消ゆる夕日をどっと屏風かな 山口清邨 昭和5年

    夕焼のさめゆけばはやいなびかり 山口清邨  

夏 青田 夕ぐれや藪も青田も雨あとかぶる 五十嵐播水 昭和3~5年

夏 葦切 葭(よし)切にはてなき葭の夕間暮 水原秋櫻子 昭和5年

秋 バッタ はた/\や夕日の面に飛び消ゆる 水原秋櫻子 昭和5年

    夕焼し勝利の旗を皆仰ぐ 水原秋櫻子 昭和5~6年

夏 夕焼 御岳に立つ夕焼雲夜ものこる 水原秋櫻子 昭和25~27年

夏 夕焼 山の端に見えざる海の夕焼雲 水原秋櫻子 昭和25~27年

夏 夕焼 水尾のはて由布の夕焼消えむとす 水原秋櫻子 昭和25~27年

夏 夕焼 旅愁より淡く潮路も夕焼けたり 水原秋櫻子 昭和25~27年

夏 夕焼 雲の隙海坂にとほく夕焼けたり 水原秋櫻子 昭和25~27年

夏 夕焼 巌が根も照り透す夕焼濤にあり 水原秋櫻子 昭和25~27年

冬 冬夕焼 妻は湯にわれは濃ゆき冬夕焼 富沢赤黄男 昭和16年以前

夏 夕焼 夕焼に遺書ショのつたなく死シににけり 佐藤サ鬼房 昭和16年

夏 蚊帳 夕やけの中に蚊帳つるふしどかな 原石鼎 昭和12年

秋 秋の暮 夕やけのさめたる水や秋の暮 原石鼎 昭和12年

夏 雲 下雲を透き夕焼けし雲うかぶ 篠原梵  

夏 雲 夕焼けて小さき雲の連れ立てる 篠原梵  

夏 夕焼 夕焼雲のさめし一と劇顔重し 原田種茅  

夏 夕焼 夕焼涼し○几へ膳を運び出づ 高田蝶衣  

春 雛 夕栄も間なく雛のつれべよ 中島月笠  

夏 袷 初袷夕映ゆる樹を押して見たり 中島月笠 昭和10年

夏 病葉 夕山は病葉はえぬ一嵐 中島月笠

夏 夕焼 夕焼や山をひかへて大牧場 杢生 

夏 夕焼 夕焼に舟を仕立つる漁師かな 風于

夏 夕焼 みづうみの夕焼消えし松江かな 米城  

夏 夕焼 夕焼けて紀の大島は艫となる 楠窓  

  柳絮 柳絮おふ家禽に空は夕焼けぬ 飯田蛇笏 昭和12年

夏 夕焼 挿木舟は夕焼けて浮かびけり 飯田蛇笏  

夏 虹 虹消えて夕焼したる蔬菜籠 飯田蛇笏  

夏 夕焼 夕焼や庭椅子の背の縞模様 宮田重雄  

  出穂 夕焼けて朝焼けて田の出穂の日日 長谷川素逝 昭和21年以前

    大夕焼消えなば夫の帰るべし 石橋秀野 昭和22年

春 春寒 夕焼もなほ春寒き怒濤かな 加藤楸邨 昭和16年

夏 金魚玉 金魚玉夕焼けきしと思はずや 加藤楸邨 昭和17年

秋 霧 夕焼けぬ一木もなと海霧の中 加藤楸邨 昭和21年

    夕焼は湖の毬藻にとどかんか 加藤楸邨 昭和21年

夏 時鳥 夕焼の筒のごとしや時鳥 加藤楸邨 昭和21年

春 蝶 夕焼へ蝶かぎりなし飛び消ゆる 加藤楸邨 昭和21年

    征ユきし日ヒのかの夕焼けと風呂敷と 加藤楸邨 昭和21年

    大いなる夕焼の渦不安めく 加藤楸邨 昭和22年

秋 夕焼 夕焼の壁なす中に諾一語 加藤楸邨 昭和23年

  夕焼 夕焼の雲より駱駝あふれくる 加藤楸邨  

夏 夕焼 夕焼に海礁棋譜の如くなり 阿波野青畝

夏 夕焼 噴水や夕焼はげしき雲流れ 池内友次郎