Facebook・牟田 康治さん投稿記事
戦後アメリカの占領政策 (WGIP) 3R、5D、3S政策
この欠陥(昭和の教育が知識、技術に偏り人間学の教育が無かった)が終戦後また現れまして、占領軍の日本統治に対して対応する仕方を全く誤りました。占領軍は、むしろ日本を非常に買いかぶっておりましたから、いかにこれをアメリカナイズするかということにたいへん研究を積んでおります。このアメリカのGHQの対日政策というものは実に巧妙なものでありました。
この政策に巧妙な解説がありますが、たとえば3R、5D、3S政策というものです。
これについて、私に初めて説明した人の名前を今、記憶しないんですが、当時GHQにおりました参事官でガーディナーという、ちょっと東洋流の豪傑のようなところもある人物からも直接聞いたことがあります。
それによると、3Rはアメリカの対日占領政策の基本原則、5Dは重点的施策、3Sは補助政策です。
3Rの第一は復讐(Revenge)です。アメリカ軍は生々しい戦場から日本に乗り込んだばかりで復讐心に燃えていたので無理もありませんが、復讐が第一でした。第二は改組(Reform)。日本の従来のあらゆる組織を抜本的に組み替える。第三は復活(Revive)で、改革したうえで復活、つまり独立させてやる、抹殺してしまうのは非人道的だからというわけですが、この点、日本はアメリカが占領軍で有難かったわけです。共産国だとどうなったかしれません。
5Dの第一は武装解除(Disarmament)、第二は軍国主義の排除(Demilitalization)、第三は工業生産力の破壊(Disindustrialization)で、軍国主義を支えた産業力を打ち壊すというもの。第四は中心勢力の解体(Decentralization)で、行政的に内務省を潰してしまう。警察も国家警察も地方警察とに分解する。そして財界では、三井総元方あるいは住友、三菱の総本社を分解する、つまり財閥解体です。第五は民主化(Democratization)で、日本の歴史的・民族的な思想や教育を排除してアメリカ的に民主化する。そのためにはまず日本帝国憲法を廃棄して天皇を元首から引き降ろし、新憲法を制定してこれを象徴にする。皇室、国家と緊密な関係にあった神道を国家から切り離す、国旗の掲揚は禁止する。教育勅語も廃止する。これにはかなり抵抗がありましたけれども、GHQのひとにらみで駄目になってしまった。
新憲法も、あれを受け入れるならば、「日本が独立の暁には、この憲法は効力を自然に失う」という付則をつけておくべきであったが、そういうことも何もしていない。ドイツなどは、それをちゃんとやったのです。これをやらなかった日本は、本当に間抜けというか、意気地なしというか・・・、そしてアメリカ流のデモクラシーに則って諸制度を急につくり上げてこれを施行したわけです。これが5D政策です。
それを円滑あるいは活発に行わしめる補助政策として3S政策があった。第一のSは、セックスの解放、第二のSがスクリーン、つまり映画・テレビというものを活用する。それだけでは民族のバイタリティ、活力、活気を発揮することがないから、かえって危ない。そこで精力をスポーツに転ずる。これはうんとやらせる。スポーツの奨励ーこれが第三のS。これらを、3Rの基本原則と、具体的な5D政策の潤滑油政策として奨励した。なるほど、これはうまい政策でありまして、非常に要を得ておる。これを3R、5D、3S政策というわけです。
こうした占領政策を施行された時に、日本人は堂々と振る舞うと思ったのですが、案に相違して、我も我もとGHQ参りを始めました。特に公職追放が行われてから後は、表向きの人々はGHQ様々で唯々諾々として「命これを奉ずる」という有様でした。そこへゆくと、同じ敗戦国でもドイツ人は違っていました。彼らは、なにしろ昔から勝ったり負けたり繰り返してきているから、たまたま負けても動ずるところがない。ですから、占領軍が命令しても悪いことは堂々と拒否する。日本人は唯々諾々、直立して「イエス・サー」と言うからイエスマンといわれたが、ドイツ人はこういうふうですからNein Mensch No Manです。占領軍は、だから、初めは日本人を可愛がり、ドイツ人を憎みましたが、しばらくすると、「日本人はつまらぬ、骨がない」と軽蔑し、逆にドイツ人は「しっかりしとる」と褒めるようになったのです。
日本を全く骨抜きにするこの3R、5D、3S政策を、日本人はむしろ喜んで、これに応じ、これに迎合した、あるいはこれに乗じて野心家が輩出してきた。日教組というものがその代表的ものであります。そのほか悪質な労働組合、それから言論機関の荒廃、こういったものは皆、この政策から生まれたわけです。
今日の日本の堕落、退廃、意気地のなさ、こういう有様は昨日今日のことではない。非常に長い由来・因縁があることを考えないと、これを直すことははできません。
皆さんが今後起こってくる諸般の問題をお考えになるのには、目先の問題をとらえた流行の皮相な理論では駄目でありまして、先程申したように、少なくとも明治以来の思考三原則によって徹底した考察をなさらないと正解を得られない。したがって、今後の真剣な対策も立たないということを私は信ずるのであります。
安岡正篤先生の著書「運命を創る」(プレジデント社)より引用 表示を縮小
https://kamijimayoshiro.jp/KJBURN01/ad/fb/lp01/?fbclid=IwAR3C640uzs1VDWqkT6ML3mloiYEvlqwgroy0R0S0y-mShQzYifbcPU43O5o&utm_expid=.PfgzE_24TcOZKVQMMh5ocg.0&utm_referrer=https%3A%2F%2Fl.facebook.com%2F 【戦後、GHQに封印された天才外交官の遺言が復活】より
著者:松岡洋右
日独伊三国同盟を結び、大日本帝国の国際連盟脱退を決定、日本を世界から孤立させた軍国主義者…そして戦後は「A級戦犯」の判決を下され、獄死…
そんな人物が書いた本なんてどうせ暴力的な主義主張にまみれて、気持ちが悪い…そう思われるかもしれません。しかし、ちょっとだけ待ってください。実はこの本、少々変わった事情を抱えているんです、、、
私たちのおじいちゃん達は卑怯者だったのか?
戦後生まれの私たち世代は、「日本はアジアに迷惑をかけた」と教育されてきました。ですが当時の日本を取り囲む国際情勢がどういう状況だったかまでは、あまり知られていないかもしれません。
実際は戦前のアジアでは、ソ連が南下し、中国は混乱。フランスはインドネシアを抑え、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島に居座りました。オランダはインドネシアを奪い、アメリカは太平洋を渡りフィリピンを占領しました。つまり、日本は八方から攻められ追い込まれていたことは事実です。そして日本が戦争に進んだのも事実です。
ただ、今の日本ではあまりにも、結果論から見た後出しの批判が多すぎると思いませんか? 本当に日本はそんなに「バカ」で「野蛮」で「卑怯」な国だったんでしょうか? 当時の日本はどういう状況だったのか、また当時の人はどう考えなぜそうなったか…今から真実を知っても遅くはないはずです。私たちのおじいちゃんたちの名誉のためにも・・・
GHQが極秘に進めた焚書という国際法違反
GHQは日本の戦前の図書を17年間に遡り極秘に没収し私たちの目に届かないようにしました。これを「焚書(ふんしょ)」と呼びます。焚書指定にしたのは日本の歴史の改ざんであり国際法違反との指摘が専門家からもあります。
なぜGHQは国際法に違反してまで日本の書籍を極秘に没収し(個人を除く、全国の書店、古書店、官公庁、倉庫、流通から輸送中のもの)私たちの目に届かないようにしたのでしょうか?
GHQが焚書をしてまで消したかった戦前の日本
お届けするものは復刻版となります。
今は戦後75年です。当時のことを知っている人は少なくなりました。
当時の私たちのおじいちゃんや先人たちが何を考えていたのかを直接聞ける機会は少なくなりました。
そして私たちは焚書をされたことで当時の日本がどんな状況でなぜ、戦争へと進んでいったのか、先人たちは日本をどんな風に守りたかったのか、いまの日本人に何を残したかったのか、当時はどんな苦難があったのかを知ることは難しくなりました。
ここで一つの焚書を紹介したいと思います。
著者は当時の天才外務大臣であり、満州鉄道の社長を歴任した松岡洋右です。松岡洋右は焚書の中でこう言っています。
“外交は主として経済問題がその基調を作るものである。お互いが満足にご飯を食べて行く、ということを主にその目標としているのである。
日を逐うて人口は著しく増加し、生活は益々困難となり、我国民は殆んど喉首を締められるような気持ちがして居る、生活の途を国際的に切り開き、せめて孫くらいまでの生活を保証して置きたい。すなわち大和民族の生存権の主張である”
松岡洋右は見抜いていた
今日、松岡洋右といえば、「国際連盟の脱退」を決め、その後「日独伊三国同盟」を進め、日本を国際的に孤立させた「軍国主義の象徴」のような“悪人”として、学校で教えられていますが、、、
不思議に思いませんか?
本当にそうだとしたら、なぜ松岡洋右の主張をありありと書いたこの本を、連合国は「没収した」のでしょうか?
本当に松岡洋右が「日本に戦争をさせた悪人」なら堂々と公開して、その醜態を戦後の日本人に晒した方が良かったのではないでしょうか?
しかしGHQはそうはしませんでした。そうしなかったというところに「戦前の真実」が隠されているのではないでしょうか…?
実は「日本を戦争へ導いた」とされている松岡洋右こそ、満洲事変を避けようと著書を残していたのです。産経新聞「正論」元編集長の上島嘉郎さんもこの本に関して「戦後は、日独伊三国同盟を結んだ”戦犯”として切って捨てられ、批判者もさして松岡の当時の言説を読んでいないのでは…。」とコメントされています。
そこでぜひ多くの人に真実を知っていただきたいと思い、この松岡洋右の著書「東亜全局の動揺」の復刻に取り掛かりました。そしてこの度、これを見てくれているあなたに復刻版をお届けしようと思いご案内いたします。
今回お届けする本は全部で5章で構成されています。その詳細はこちら、、、
復刻・松岡洋右『東亜全局の動揺 - 我が国是と日支露の関係 満蒙の現状』
【第1章】
序論〜戦後日本人が知らない”外交”の真実
第1章では「当時の外交と国際政局」について述べられています。その内容は、、、
「幣原外相の矛盾答弁」当時の官僚が知られたくなかった中国との密約とは?
「霞が関に潜伏する中国のスパイ」上海、南京、東京…外務省の不可解な言い訳
「世界が歩み始めた”国際協調”の大嘘」ベルサイユ、不戦条約、ドイツ賠償…“理想の空のみ仰いで歩くと井戸に落こちる”
【第2章】
対露外交〜ロシアの謀略と利用された幣原外相
第2章では日露国交回復後の日本とロシアの外交とその悲惨な内容について述べています。
「日露国交回復」ロシアが得たもの、日本が失ったもの…騙され続ける幣原外交の真相
「田中義一内閣が着せられた濡れ衣」歪曲された日露漁業条約
「ルールを破り、恩を仇で返すロシアの性根」唐突な朝鮮銀行閉鎖命令
「ロシアに狙われた在留邦人」カムチャツカ223号漁区の不正競争事件
【第3章】
対支外交〜複雑怪奇な中国のカラクリ
第3章では言わば「戦国時代」と化したアジア大陸の混乱と翻弄される日本について述べています。その内容は、、、
「中国のダークホース・共産軍」見え隠れするロシアの影と満蒙に仕掛けられた罠
「モザイクと化した中国政府群」張学良、閻錫山、馮玉祥…交渉すべき相手は誰か?
「国民革命と経済戦争」日米英と中国で食い違う主張…恐慌以来世界に暗い影を落とすグローバリズムの正体
「アグレマン問題」”虚偽と錯覚と得手勝手な言文とより外何ものもない”
【第4章】
満蒙問題〜満洲事変前夜
第4章では、戦後の教科書では決して分からない「満洲事変前夜」の満洲の様子が、リアルに描かれています。その内容は、、、
「中村大尉惨殺事件」中国で高まる排日運動と蒋介石の放言
「ナショナリズムの片鱗もない中国民族」敵は味方にあり…中国人が決して日本人に協力しない訳
「張作霖爆殺事件」闇に葬られた南満州鉄道の真実
「中国官民の朝鮮人迫害」ロシア・中国の革命外交に屈し続ける幣原式の「定石外交」
「石井ランシング協定」米国が認めた日本の権益とそれを投げ打った「現政権」
【第5章】
結言〜満洲の地政学と日本に期待を寄せる米英仏
第5章では、地政学的に定められた満洲の運命と日本に期待を寄せる米英仏について触れています。その内容は、、、
「明治維新に置き忘れてきた日本人の気迫」平和的な大和民族だからこそ知るべき帝国主義世界の現実
「満洲の地政学」襲来、陰謀、無力…予言された東アジアの動乱
「日本に課せられたエンパイヤー・ビルディング」大和民族にしか東亜全局の安定は実現できない
「シベリヤ鉄道完成」ロシアに飲み込まれる中国と傍観する日本
「明治以降、日本が一等国になれた理由」”民政党内閣の如き消極態度ならば、恐らく四等国か五等国、それが関の山であったろう”
※送料手数料だけご負担ください
復刻・松岡洋右「東亜全局の動揺」をお読みになった方の感想
「焚書の貴重な復刻。衝撃と感動をもって読みました」
By 岸本堅太郎様
焚書の貴重な復刻。衝撃と感動をもって読みました。
こういう松岡の真の主張も知らずして、国際連盟を脱退して日本の道を誤らせた男としてこれまで松岡を評価していたのが恥ずかしい。「閉ざされた言語空間」がいまだに生き続けていることですね。しかも今後開放されるような機運があまり期待できないことを思うと、日本の将来はそら恐ろしい気がします。貴社のこうした活動がもっと広がり、日本人を取り戻したいものです。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「70年前とは思えないほど、現代に当てはまる」
By K子様
今まさに現在進行形の、日本外交の危うさに似て、警鐘を鳴らす本だと受け止めた。当時の外務省、大臣達が国民の意向にお構い無く、外交を自分達の専売品の如く考え、また、正確に国民に知らせない言論界をも嘆いている。まるで、現在進行形の日本をみているようだ。過去の教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さない為にも、多くの日本人に読んで欲しい。
そして何より松岡洋右氏のイメージが変わった。「外交は特別ではない、常識である」という言葉に、氏の日本を思う人となりを見た。世界情勢を正確に把握した大変優秀な人だったと認識した。復刻本を届けていただき、ありがとうございます。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「松岡洋右の痛快な弱腰外交批判」
By 山口新平様
今大きな問題になっている日ロ、日韓、日中の問題については、この本の内容がそのまま当てはまっていることに驚きました。腰抜け外交批判は痛快でもあります。今の日本の謝罪外交が引き起こした罪深さは今後に長く影響を及ぼすと思います。日本人の考え方は他の国には決して通用しないことを理解しなければなりません。憲法前文が示すような「お人よし」な国家は存在しないのです。たとえ顔かたちや皮膚の色が似通っていても(中国、朝鮮)考え方はまるで違います。私も海外勤務の経験があり、今の日本の外交姿勢にはうんざりしています。リスク覚悟の外交が必要でしょう。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「これをGHQが発禁にしたのも自然」
By 松本明様
米国ウイルソン大統領時代に既に敷かれた国際金融資本とユダヤ系共産主義者の活動による影響が支配的となりつつあった、当時の満蒙をめぐる政治情勢を知る現在の日本人にとっては、松岡の苦闘と前民政党政権の幣原外交に対する忸怩たる想いには同情を禁じ得ません。軍隊があり治安維持法が施行されていた当時の日本においてすら、国内政治に国際金融資本を通じて危険な勢力が扶植されつつあり、4-5年の培養機関を経て風見・尾崎という秀れた共産主義者の働きで結実し、近衛は致命的な政策決定をすることになります。そういう時代の外交の真実を活写した本書を、GHQが発禁にしたのは自然でしょう。今の日本人にできることは、先ず歴史の真実を知ること。萩生田文部科学大臣には高校教科書の現代史の抜本的な改訂を期待します。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「松岡洋右の印象が大きく変わった」
By FY様
今まで、如何に歴史の真実を知らなかったのか、ということを恥ずかしく思っています。インターネットが無い時代に、わが人生の多くを生きてきた者として、オールドメディア、日教組、左翼教員から嘘を教わってきたということが、腹立たしく思います。
松岡洋右氏の今までの印象は、テレビで何度も放映された「日本は、満州国に関する決議案に反対して退場し、国際連盟を脱退した」というものしかありませんでした。印象が悪く、横柄な態度の人、偉そうにしている日本という風に受け止めていました。
ですが、この本を読み、そのことが大きな間違いであることがわかりました。
まだまだ、間違った知識があると思いますが、今後もご指導賜りたいと願っております。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「松岡洋右の怒りがよくわかる」
By 富山伸夫様
東亜全局の状況に関して、当時の我が国の外交姿勢に対する悲憤慷慨がよくわかります。なにやら最近の世界情勢と似通っていると感ずるところがあります。
しかし、当時の世界情勢とその後のいきさつを見てしまった現在、少し大局観に欠けていたかなと思います。その後、国際連盟脱退やナチス政権との同盟などに国を導いてしまったのは、一体どうしてなのか気になるところです。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「松岡洋右は世界の大局を正確に把握していた」
By フランク様
本書では、松岡洋右が対米英との米英強調路線と対支那の中国内政不干渉を方針とする幣原外交を、何故に激しく批判したのかを語っています。本書を読むと、松岡の頭脳は常人の理解を超えた働きを示し、世界の大局を正確に把握しながら、常識を超越した発想が瞬時に湧き出し、それを電光石火のごとく行動に移せる並外れた実行力があったことがわかります。本書が書かれた時代よりも下りますが、1941年6月22日、独ソ開戦の報を聞くやいなや、松岡は即座に宮中に参内し、ソ連攻撃を天皇に進言しました。僅か2月前に松岡自ら締結したばかりの日ソ中立条約を一方的に破棄するなど信義にもとる、などというのは日本人特有のお人よしの発想です。説得に応ぜずに戦い続ける相手、あるいは「和の国」を害そうとする相手とは、剣をもって戦わなければならないと思い知りました。「和の国」は「非武装平和」では建設も維持もできないということです。大東亜戦争敗戦の原因と責任を追及し、「和の国」を輝かしい未来につなげていこうと思う人に、ぜひ読んで頂きたい一冊です。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「こういう本をなかったことにしてはいけない」
By 憂国士様
GHQが焚書したかった本を読み返すということそれ自体にまず、とても大きな意義がある。
松岡個人の意見には、もしかしたら若干の誤りもあったのかもしれない。思い込みが過ぎるところもあったのかもしれない。しかし松岡がこう考えたという事実だけは確かであり、なぜそのように考えるに至ったかも併せて考証することは、これもまたとても大きな意義がある。
この復刻版を読んで松岡に心酔するもよし、逆に評価を下げるもよし。しかし、この書をなかったことにして永遠に闇に葬ることだけは、絶対に間違っている。松岡に反対したい御仁は、この書の存在を踏まえた上で、反対論をぶち上げられるがよろしい。私は拝聴いたしますよ。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「生々しい当時の様子がわかる」
By kohituji様
当時の生々しい時局がはっきりと分かった。
昭和5年生れの私たちが聞いた時代は、この文章は一般には知られず、世の中には出ていなかったと思う。
少し物心ついた昭和12年頃から16年ころのなりますが、父親たちが話していたのは、新聞、ラジオ、風説による情報で、松岡洋右の外交交渉、条約など日本に不利な事をした人物としての外交批判だったことを覚えている。(端的に言えば、あいつは馬鹿野郎だった、というもの)
これを読んだ今、当時のことが正しく認識できて、そうだったのかとの思いです。
歴史の認識はこういうことで操作され、造られていくのだと感じています。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
「上島先生の解説があるので助かった」
By アンコールワット様
貴重な文献の復刻に感動しました。ただ、難しい表現が多いので、読む前と読んだ後で上島先生ご自身の解説講座を参考にしました。
※お客様個人の感想であり、成果や成功を保証するものではありません。
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